[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

トップページに戻る
カテゴリー分類の総目次に戻る
ダメダメ家庭が子供に与えない体験,境遇
事件系のチョイス
配信日分類の総目次に戻る
カテゴリー ダメダメ家庭が子供に与えない体験,境遇
配信日 03年10月3日
タイトル コミュニケーションの訓練

先日の長崎の事件で加害者の少年は、「発達障害」でしたか・・・人とのコミュニケーションを取る能力の『発達』が遅れている・・・なる診断書がでたとか・・・

しかし、コミュニケーション能力の不足は、別に病気と言うものではなく、日頃の練習の成果なんですね。
医者も警察もやっぱり「ダメダメ家庭」について理解が全くできていないことが、よく分かります。

では、コミュニケーションの訓練とは?

別に、しゃちこばって「コミュニケーションの訓練」と言うと身構えてしまうかもしれませんが、子供の「表現」に対し、ちゃんと『反応』することですね。

例えば例の長崎の家庭では、このような感じだったと思うんです。
あくまで予想ですが、外れてはいないでしょう・・・


子供「お母さん、飴買ってよ!飴!」

母「・・・」

子供「お母さん、頼むから飴買ってよ!ボクおなかが空いたんだ!」

母「・・・・」

子供「あ〜あ・・・、昨日のイチゴ味の飴おいしかったなぁ・・今日はパイン味が食べたいなぁ・・・」

母「・・・・」

子供「Would you please buy candies for me?please!」

母「・・・」

子供「オイ!クソばばぁ!飴買えよ!飴!」

母「ジャマだ!あっちへ行け!」

このような「会話?」の場合には、子供としても、どのように自分の意向を表現しても、対象者の反応は同じですので、どのように自分の気持ちを伝えるのか?練習ができないわけですね?まあ、今時「飴」など欲しがる子供もいないでしょうが・・・ゲーム機でも、服でも同じことですね?


これが親の側でちゃんと反応すると、「会話」が進行するわけです。

子供「お母さん、飴買ってよ!飴!」

母「オマエ!昨日買ってあげたじゃないの?甘いものばかり食べてたらダメだよ!昨日の残りはないの?」

子供「もう全部食べちゃった!けど、昨日の飴、本当においしかったんだ!今日は別の飴を食べたいな!」

母「昨日はどの味の飴だったの?」

子供「昨日はイチゴ味。だから今日はパイン味を食べたいんだ!」

母「昨日買った飴、もう全部食べちゃったの?少しずつ食べるようにして、それに最初から色々な味の入った飴を買えばいいじゃないの?今回はダメ!」

子供「うーん・・・」

まあ、上記のような会話だったら、結果は同じでも子供も納得できるわけです。それに自分の表現に対象者が「反応」しているので、次はどのような表現を使ったら、目的が達成されるか?無意識的に練習できるわけですね?
これこそがコミュニケーションの練習でしょ?

対象者の反応が全部同じだったら、どのような表現をつかったらいいのか?訓練ができるわけありませんよね?自分の意思を伝える能力が著しく発達が遅れている・・・と診断されても困るわけです。だって、そのような家庭においては、表現能力が高かろうが、低かろうが結果は同じだったんですから・・・

水族館でイルカに芸を仕込むのだって同じですよね?

うまくジャンプできたら、エサを上げる。
失敗したら、エサを上げない。

芸を仕込む人間がちゃんと「反応」するから、イルカの側もどのように行動や表現すればいいのか?理解することができるわけです。
ちゃんと仕込んでいないイルカが、全く芸をしなかったって、それは病気とは言えないでしょ?

まあ、水の中にいるイルカの場合はともかく、人間の子供の場合は、学校とかの家庭以外の世界があるために、もっと混乱するわけですね?

学校ではそれなりに、自分の表現の違いに対する「反応」の違いがでてくるわけです。
ということで、子供は家庭の中での「反応(・・無反応ですが・・・)」と学校での「反応」のギャップに困惑してしまうんですね。

それに、イルカと違って、人間には確実に自分の意向を実現される必要でてくる場合もある。

そのようになってくると、子供の側の表現が「込み入ったもの」になってきます。


子供「お母さん、飴買ってよ!」

母「・・・・」

子供「昨日、ヒロシ君のお母さんはヒロシ君に20個の飴を買って上げてた。タカシ君のお母さんはタカシ君に15個の飴を買って上げていた。ジュンコちゃんのお母さんはジュンコちゃんに25個の飴を買って上げていたよ。」

母「へえ・・・そうなの?」

子供「ご近所の人が、お母さんはケチンボだって言っているよ!」

母「じゃあ、飴15個買いなさい。」

このように自分の意向を直接伝えるのではなく、相手の損得勘定を指摘するようになって来るんですね。だってそうしないと自分の意向が実現されませんもの。

勿論、このような表現手法は必要な時もあります。
しかし、常にこのような相手の損得勘定を指摘する表現だと、自分の家庭以外では通用しないわけです。

誰だって他人からいきなり我が身の損得勘定を指摘されたらイヤでしょ?
「ナンダなんだ・・・こいつ・・・」と普通は思うものです。

子供の表現に対し常に無反応であること。これによって、まさにコミュニケーションの練習ができないわけです。
ですから、どうしても自分の意向を実現させるためには、暴力等の身体的な表現に頼ったり(長崎のケース)、いきなり相手の利害を説明したりするようになるのは、必然なんですね。

このような環境で育った人間は、まさに犯罪を起したり、家庭内暴力(ドメスティック・ヴァイオレンス)の加害者になってしまうわけです。だって、自分の意向を身体で伝える訓練を受けて育ってきたんですから・・・

勿論、子供の表現に反応しなければならない・・・と法律で規定されているわけではありませんね。法律違反は子供の方が担ってくれることになるわけです。まさに長崎の事件のように・・・

本番第3回目終了


******************************************************

発信後記

前回配信の「私は普通の家庭を築きたいだけ!」というお題に、不快感を覚えられた方も多いと思います。実際によくある例ですし・・・
我が子に暴力を振るっている、私が知っている母親も「普通になりたいだけ!」って言ってましたねぇ・・・・