| カテゴリー | ダメダメ家庭出身者のキャラクター |
| 配信日 | 04年3月12日 |
| タイトル | 人の気持ちがわからない |
フランスのロベール・ブレッソン監督の映画作品に「田舎司祭の日記」という作品があります。51年の白黒映画。まあ、半世紀以上の作品ですね。ちなみにヴェネツィア国際映画祭受賞作。 この作品の主人公はフランスの田舎でキリスト教の司祭をやっている青年。ダメダメ家庭出身者という設定です。直接的には彼の過去は語られませんし、両親がダメダメだったとの言葉もありません。しかし、それらしいことは言われたり言ったりするわけです。 医者から「君自身ではなく、君の親は随分酒を飲んだんだろ?」と言われますし、やたら食には興味がない。自虐的な司祭です。「他人は自分を嫌っている」と思っている。典型的なダメダメ家庭出身者ですね。 その司祭が自分を評して言う言葉。 「私は人の気持ちがわからない。」 まあ、人の気持ちがわからないから、神様の方に逃げてしまったわけですね。 ダメダメ家庭出身者は人の気持ちがわかりませんよね? だって、ダメダメ家庭の中ではいつだってグチばかり。 親からグチを言われ、イヤミを言われ続け。逆に言うと、言われ慣れているので、その面については何も感じなくなっているわけです。 いちいちそのようなグチに反応していたら身が持ちませんよね? まあ、ダメダメ家庭の中で生き抜くにはそのように、人の感情や言葉に反応しないようにならざるを得ないわけです。だから人の気持ちがわからない人間になる。 しかし、ダメダメ家庭の外では通用したしませんよね? 周囲の人の感情に鈍感な人間など相手にされませんよね? しかし、しょうがないわけ。 人はまずもって、自分自身や自分の家族の言葉や感情から、他人の感情を推し量る練習をするわけです。 「そういえば、あのような言葉を言われたときには、イヤだったな・・・」とか 「ボクがこのような行動をした時は、母親は悲しんでいたな・・・」とかね。 あるいは逆に、「こう言われた時はうれしかったな・・・」とか・・・ そのような体験の積み重ねによって、他人の感情を推し量り、思いやりをもって行動できるようになるわけですね。 しかし、ダメダメ家庭ではそうはいかない。 ダメダメ家庭では親はいつだって子供のイヤなことしか言わないわけ。 おまけに子供がどんな行動をしても、グチばかり。 まあ、反応はいつだって同じなんですね。 これでは人の感情を推し量る練習にはならないでしょ? そりゃ人の気持ちもわからなくなりますよね? だから、成長して社会に出た後で、周囲の人から皮肉を言われたり、注意点を言われても「馬の耳に念仏」状態。 だってそうでないと生きていけなかったわけですから。 だからその後の生活において、どうしてもコミュニケーションが取れず、ますます人の気持ちがわからなくなるわけですね。 ちょっと前に相手にひどい言い方をしても、その後平然と電話してきたりする。 本人はひどい言い方だとは思ってはいないんですね。だって、そのような「人を傷つける言い方」が出身家庭では「普通」の言い方だったわけですし・・・ しかし、相手は驚いてしまいますよね? 「オイオイ、先日あんな言い方をしておいて、よくもまあ平然と電話して来れるものだ!」 「せめて最初の挨拶で謝罪の言葉でも入れておけばいいものを・・・」 こうなると、ますます人から相手にされなくなってしまいます。 こうなると、どうなるのでしょうか? 相手してくれるのは自分の子供だけになってしまうんですね。 しかし、「人の気持ちのわからない」親に育てられた子供がどうなるの? まあ、少年犯罪とかドメスティック・ヴァイオレンスなどの新聞紙上ではおなじみの事件になるわけですね。 (終了) *************************************************** 発信後記 そういえば、神戸のサカキバラ?事件の少年が出てきたそうですが・・・ その少年に反省を迫るより、もっと重要なことがあるでしょ? どうしてその少年があんなふうになっちゃったのか? ちょっと考えれば判るでしょうに・・・ |
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