| カテゴリー | ダメダメ家庭出身者の状況 |
| 配信日 | 04年9月3日 |
| タイトル | 兄弟仲が悪くなる |
夕食のとき、兄弟でオカズの取り合い・・・やがてはケンカに・・・ 兄弟ケンカに至る王道と言えましょうか? まあ、オカズの取り合いくらいなら、どこの家庭でもあるでしょう。だから逆に「兄弟の仲が悪い」と聞かされた人間は、そのようなタイプのカラっとした兄弟ケンカを連想するわけですね。 「ああ、ボクも兄貴とよくオカズの取り合いでケンカしたものだよ。ワッハッハッ!」 しかし、ダメダメ家庭の場合の兄弟仲の悪さは、このような「オカズの取り合い」といったタイプとは違うんですね。 ダメダメ家庭の中の兄弟仲の悪さは別のスタイルになっていることが通例です。もっと陰質なもの。 オカズの取り合いだったら、片一方がオカズと取って勝利者。もう一方がオカズを取り損なって敗北者となるんでしょう。しかし、敗北者といってもオカズがないだけで・・・いわば「ゼロ」の状態といえますね。つまり「オカズの取り合い」といった兄弟ケンカの場合には「プラス」か「ゼロ」かの戦い?になるわけです。 しかし、ダメダメ家庭の兄弟ケンカはもっと深刻なんですね。 「ゼロ」か「マイナス」かの戦いが展開されてしまうわけ。 例えば常にグチっている親のグチが自分に向かわないように、子供ながら戦略を展開する必要がある。ノホホ〜んとしていたら、親のグチが自分に降りかかってしまう。これは避けたい! ということで、そのようなグチを他者に向けさせるように考えるわけ。他者といっても要は自分の兄弟・・・まさにババの押し付け合い状態になるわけです。 オカズが取れなくても、次がありますし、まあ、ちょっとガマンすればいい。しかし、グチはイヤですよね。 ですから、兄弟の戦いによって、自分がグチを言われない「ゼロ」状態を勝ち取るのか?それともグチを延々聞かされる「マイナス」状態に陥るのか? たとえ「勝った」としても、所詮は「ゼロ」でしょ? 非常に面白くない兄弟ケンカになってしまっているわけです。それにケンカといってもまさに心理戦。互いに相手の心理を読みあって・・・とシリアスな戦いなんですね。 このような「ゼロ」を目指すための戦いということは、進学の問題でも起こってきます。 お金がない場合、兄弟一方だけが進学ということになってしまう。 「ウチは兄弟が多いからガマンしなさい!」 「ウチはお金がないんだからガマンしなさい!」 まあ、マトモ家庭だったら教育ローンとかを設定するでしょうが、ダメダメ家庭ではそんな面倒なことはしないことは、以前に配信したこともあります。 ということで、大学進学は兄弟のうち一人だけ・・・となったら必死ですよね? 片一方は大学に進学できて、片一方は進学しないのなら、「マイナス」と「ゼロ」の戦いではなく、「ゼロ」か「プラス」の戦いじゃないの?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、今の日本で、本人に学力がありながら、家庭の事情で進学できないのは「マイナス」でしょ?決して「ゼロ」とは言えませんよね? オカズの取り合いだったら、次もある。負けてもちょっと我慢すればいいだけ。 しかし、進学の問題だったら次があるとは言えないし、負けたらこれからの人生大ダメージ!! 兄弟ケンカといっても全然違っているわけです。己の人生を掛けてケンカしているわけ。 オカズの取り合いだったら、まあ、いずれは和解しますよね?オカズの全体量が増えればいいわけですし・・・問題は大したことにはならないわけです。 しかし、親のグチの押し付け合いだったら、例え勝ったとしても「ゼロ」状態と、不毛な戦いですから、気分がよくなるわけもなし・・・ もっと深刻な進学費用の取り合いだったら、和解に至ることはありません。 それこそボートが転覆して、海で泳いでいる間に相手をオールで倒して一人だけボートに乗り込んで助かったようなもの。たとえ、オールで殴られて気を失った人間が後で運良く救出されても、両者に「和解」などは絶対に不可能でしょ? 家庭内で毎日こんな戦いが繰り広げられていたら、そりゃ兄弟仲なんて悪くなりますよ。 しかし、一般の人は「兄弟ケンカ」といってもオカズの取り合いのレベルで捕らえてしまう。それこそダメダメ家庭の親だってそう。 兄弟がケンカするのは当然だ! あるいは、ダメダメな親だったら「これが普通の兄弟の姿だ!」と納得してしまう。 確かに外見的にはそうなんですんが、その兄弟ケンカの種類や精神状況が全然違っているんですね。 だから絶対に「和解」することはないんです。ダメダメ家庭は往々にして兄弟仲が悪くなるのは当然なんですね。逆に成人後に兄弟仲が悪い家庭は、ダメダメ家庭である可能性が大です。 もし、結婚するような段になったら、相手の兄弟仲をチェックしてみましょう。 ダメダメ家庭だったら、それこそ「もう1年以上会ってないなぁ・・」などと言ったりすることも「普通」です。 たとえ、物理的に簡単に会うことができないような場合でも、兄弟の現在の境遇をちゃんと知っているか? ダメダメ家庭出身の兄弟は完全に疎遠になってしまったりするんですね。 「お兄さんは、今何をやっているの?」 『うーん・・・どうしているんだろう?』 そんな感じ。 まあ、当人たちが「自分たち兄弟はダメダメ家庭出身だ!」と自覚していればまだいいのですが、そのような自覚がない場合には、自分の子供を同じような境遇にしてしまうわけです。 兄弟という存在は、お互いの過去を共有している間柄。疎遠になってしまった兄弟ということは、それだけ兄弟が共有している過去が、不快なものだったことを示しているわけです。 (終了) *************************************************** 発信後記 たとえ不幸な事件でも、当事者が納得できるものもありますし、全然納得できないものがあるわけです。 「やることをやれば防ぐことができる。」しかし「やることをやらなかったので事件が起こった。」そのような類のものは、当事者としてはやり切れませんよね? ダメダメ家庭出身者の兄弟仲の悪さも、そのような「やり切れなさ」の積み重ねなんですね。 しかし、現在起こっている浅間山の噴火のような事件では、逆に納得ができるわけ。 本当に、どうしようもないですからね。諦めるしかないし、だから諦めることもできる。 そういえば、浅間山の噴火・・・江戸時代の1783年の大噴火では、日本の天明の大飢饉だけでなく、その粉塵によってヨーロッパにも飢饉をもたらし、それがフランス革命の遠因になった・・・と、たまたま見ていた午後10時の民放の某ニュース番組?で言っていました。 そのフランス革命の説明のためなのか、ウジーヌ・ドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」の絵が出てきました。 しかし、このドラクロワが描いた戦闘シーンは1830年のフランス7月革命での戦闘。 断じて、1789年のフランス革命(第1次)ではないんですね。 マスコミも考えもせずに、いい加減な意見を巻き知らすのは勝手ですが、ヘタをすると犠牲者がでたりしますからね。 |
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