| カテゴリー | ダメダメ家庭をめぐる環境 |
| 配信日 | 04年9月29日 |
| タイトル | 思いやりのないお節介 |
「個別進化は系統進化を繰り返す」・・・生物学でいわれることです。 別に難しいことではなくて、人間が人間の姿で産まれるまでに、おなかの中で、尻尾があったり、エラがあったり・・・そんな魚や爬虫類から人類の進化した過程をなぞっているわけですね。 やっぱり人間といっても、魚類や爬虫類などと似たところもあるわけ。 人間の出産の時間が満潮の時間と関係があるのは、カメの出産と同じなのかも? カメの方は干潮の時間に産むのかな? まあ、これはこれでいいでしょうね。 お魚でサケやマスは出産のために、大群で川を上ったりしますよね? どうも、多くの日本人がその魚の本能をまだ持っているようで、お正月やお盆の季節になると大群で「故郷?」に移動したりします。 「あんな困難な移動を達成するなんて、スゴイ!」 「急流や熊にも負けず、故郷に帰る魚はスゴイ!」 「ヤツラは一体何を考えているのだろう?」 「あんな大群で、よくもまぁ・・・」 「サケ、マスもビックリだねぇ・・」 まあ、ある種の本能なのかもしれません。 たとえ人間でも、その種の強い本能に支配されている人は、そのような行動をなさるのも勝手でしょうね。 しかし、そんなこと魚と同じでしょ? 他人に強制できる類のものではありませんよね? 「君も魚を見習ったら?」なんて言ったら失礼ですよね? そんなことを強制するような環境が住みやすい環境なの? しかし、おなじみのセリフが出て来るわけです。 ダメダメ家庭出身者が一番キライなセリフ。 「君もたまには実家に帰って、ご両親に会ったら?」 まあ、ダメダメ家庭出身の人間は当然のこととして実家には行かないわけ。 だから周囲から非難を浴びることとなる。 最初は一応そのアドヴァイスにしたがって、実家を訪問したとしても別に会話があるわけでなし・・・ 親から言われる言葉といえば、イヤミだけ・・・ 「あ〜あ、オマエのために人生を棒に振った・・・」 ということで、結局のところ、もう実家とは関わりがなくなってしまう。 そうなると善意の周囲からますます非難を浴びることとなる。 「親不孝もの!」 しかし、「たまには実家に遊びに行ったら?」そんなセリフは、それこそアウシュビッツ収容所で生き残ったユダヤ人に、「たまにはアウシュビッツに遊びに行ったら?懐かしいでしょ?」と薦めるようなもの。 鬼畜や外道の振る舞いと同じですよね? 実家の葬式等での出席拒否問題でも、同じような問題が発生しますよね? 葬式に出席しないと親戚から非難を浴びることとなる。 しかし、そんなに「形」に拘ること自体がダメダメなことで・・・ まあ、このような思いやりのない非難を浴び続けたら、「社会は自分を理解していない。」そんな心理に陥ってしましますよね?こうなると、今度はその人が自分の子供をマトモに育てられるのでしょうか?大体において、「社会は自分を理解していない」という心情は、様々な凶行の原因となるものです。それこそ大阪教育大学付属小学校事件の宅間被告の心情と同じ。 「たまには、実家に『帰って』ご両親に会ったら・・・」なんてセリフも、無神経に発したりすると殺人事件の要因になってしまうわけ。 行きたくない理由があるから、実家に行ってないわけで・・・ 無遠慮に他人の善意を押し付けられても困るんですね。 人を追い込むだけで逆効果。 ダメダメ家庭の問題が深刻化する理由として、困ったことを相談できない環境があることは以前配信いたしました。 そもそも相談って、まず先に家族に相談するのが自然ですよね? 社会においても、「相談はまず家族から」という前提で、社会システムができているわけ。 だから家族が原因となっている問題については、相談のシステム自体がないわけです。 もう何回も書いていますが、例えば、子供が家族の問題で困っていて、周囲に相談しても 「子供を愛さない親はいないのだから、家族で話あったら?」 と門前払い。 つまり周囲の人間にしてみれば、その家庭がうまくいかないのは「愛され方」がヘタな子供の側に原因があると言い出すわけですね。 勿論、子供にアドヴァイスする周囲の人も「善意」でやっているでしょう。 しかし、善意だからこそ子供も対応に困るわけですね。 実際にどうすればいいの? 人の善意を無視するの?そうなると子供もますます自己嫌悪ですよね? では、親と話し合うの? しかし、親と話をしようとしても 「うるさい!アッチへ行け!」ですよね? こんな思いやりのない善意を押し付ける環境で育ったらどうなっちゃうの? たしかに善意は大切でしょう。 しかし、相手のことを考えずに一方的に自分の善意を主張されても、対応ができないわけですね。 ダメダメ家庭の問題が深刻化する背景には、このような相手のことを考えずに一方的に自分の善意を押し付ける、周囲の環境が大きな原因となっているわけです。 善意が人を傷つけ悪となる場合もあるんですね。 新約聖書でパウロさんが言っていますよね。 「たとえ山を動かすような強い信仰があっても、そこに愛がなければ何も意味がない。」 同じように 「たとえ強い善意からであったとしても、そこに愛がなければ何も意味がない。」わけです。 かえって逆効果なんですね。 ちなみに、テレビで活躍していたコメディアンの田代まさしという人が、またまた逮捕されたそうですが・・・ 最初の逮捕の前は、田代さんは「絵のようにすばらしい家庭」の夫であり、父親として知られていました。 以前にダメダメ家庭の出身者が「絵のようにすばらしい家庭を作る」ケースが多いことは配信しております。 家族に愛情を持たなかった親に対して、自分が作り上げた「絵のようにすばらしい家庭」を見せつけ「どうだ!私はこんなにすばらしい家庭を作り上げたぞ!」と意趣返しをするわけですね。まあ、イギリスのダイアナ皇太子妃などもそのケース。 しかし、当然のこととして無理がある。 あと、ダメダメ家庭出身者にフィットした職業として芸能界があると何回も書いています。特にコメディーは向いているわけ。だって人とは違ったものの見方ができますから。そのような人とは違う視点で笑いを取ることができるわけ。それにダメダメ家庭出身者特有の「自分を表現したい!」と言った強い感情がある。 それこそ志村けんさんのように、家庭など持たずに芸の道に精進すればこんなことは起きなかったはずです。 「絵のようにすばらしい家庭」を作ったりすると、「絵のようにすばらしい」夫、「絵のようにすばらしい」父親という役割を演じなければならないので、精神的に疲れてしまうんですね。 そもそもダメダメ家庭出身者は、見本となる夫や父親を見ていないわけ。どうしても必要以上に「すばらしく」してしまう。これでは「持ち」ませんよ。事件も起こすわけですよ。 最初の事件の後で「あんなすばらしい家庭のためにガンバレ!」と彼を励ました人がいたと思いますが、そのような励ましが一番無神経なんですね。 「すばらしい家族」そのものが、本人の重荷になってしまっている。そこから開放させてあげることがまず重要でしょ? 彼の家族も、すばらしい家庭人を演じている姿しか知らないので、困ったときは頼りにならないわけです。勿論家族の方には罪はありませんが、ここで家族の名を出すのは本人にとって最悪なんですね。 だから彼が何回も事件を起こすのは、このような思いやりのない周囲からのお節介も、原因のひとつなんですね。彼が一番困っていることはなんなのか?本人もわかっていないのかも知れません。しかし、周囲が「家族のために更正しろ!」と言い続ける限り更正は難しいわけ。だって、家族そのものが最大の原因なんですからね。 (終了) *************************************************** 発信後記 そういえば、現在の皇后の方の品川区のご実家が壊されそうになったとき、反対派が現れて結局壊されずに公園になったようですが・・・ 「ご実家が壊されるのは、皇后にとっても寂しく思われるだろう・・・だから保存しよう!」という主張でした。 まあ、実家が保存されるのは皇后も喜んだかもしれませんが、それが公園のような施設になって、その家に全然関係ない人にジロジロと見学されるの一番恐れていたと思うのですが・・・ マトモな神経を持っていたら、そんなこと喜ぶ人はいないでしょう? 関係のない人にジロジロと見られるくらいなら壊された方がマシと・・・私なら思いますが・・・どうせ気軽に訪問できるわけもないし・・・ 「皇后陛下のため・・・」などと、「人のため」を御旗に掲げるのは一番いかがわしい。 同じように「君のため」というお節介も・・・それこそユダヤ人にアウシュビッツ帰還を勧めるくらい無神経だと思っています。 自分の出来ることを確実にやる・・・人間のできることってそれくらいでしょ? |
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