| カテゴリー | ダメダメ家庭をめぐる環境 |
| 配信日 | 04年12月3日 |
| タイトル | グチで盛り上がる環境 |
人間はグチを聞かされても楽しくはありませんよね? グチしか言わない人とは積極的に会いたいとは思わないでしょ? だから、グチばかり言う人は、やっぱりそのような人同士で集まることになるわけです。 そしてグチで盛り上がるわけ。 勿論、人と会う前に、グチばかりを言う人だと事前に判明しているわけもなく・・・ 一応は、グチを聞くのがキライな人も、最初はジェントルに話をするわけです。 ところが、多少相手が気を許してくると、結局、その手の人はグチばかり並べることになる。 だって、その手の人に、他に話のネタもあるわけでなし・・・ 顔をあわせると、グチ、グチ、グチ。 そうなると、聞いている方はさすがにキレてしまうわけ。 その手の人は、いつものように、「あ〜あ、○○ってやってみたいなぁ・・・」とか言い出す。 この○○って、別に宇宙旅行とか豪華クルージングとかのちょっと実現不可能な話ではないわけです。それこそエステに行くだとか、プロ野球を見に行くとか、コンサートに行くとか・・・どうということないようなこと。 毎回そんなグチを聞かされると、いきなりは言わない人でも、とうとう言ってしまうことになる。 『アンタも、そんなにいつも言っているのなら、実際にやればいいじゃないの?』 すると 「そんなことはできない・・・ブチブチ・・・・」 『何故できないの?』 「どうしても・・・ブチブチ・・・」 『じゃあ、一生このままそんなこと言うつもりなの?』 「だって〜お金がないものぉ」 『だったら銀行強盗でもしたら?一生悶々とするよりマシでしょ?エステに行くお金2万円ほしさに銀行強盗するのもオツなもの。』 「そんなことはできない・・・ブチブチ・・・」 『じゃあ、アンタどうしたいの?』 「うーん・・・」 『じゃあ、アンタ死んだら?このまま悶々として生きるよりマシ。』 「親がいるから出来ない。」 『じゃあ、親を殺したら?死んで悲しむ人なんて一人もいないでしょ?』 「そんなことはできない・・・ブチブチ・・・」 まあ、こんな調子。 グチを言っている人は、自分の困難な状況を説明し、事態の改善のための協力を要請しているのではないわけです。ただグチを言いたいだけなんですね。 相手が自分の話を聞いているとかは問題ではないわけ。 人とは会話をするものである、相手の話は真剣に聞かなくてはいけない・・・・と思っている人は、そのようなグチにもマジメに応対して、ちゃんと回答するため、逆におかしなやりとりになってしまう。 その手のグチばかりの人は、相手との会話を意図しているわけではないわけです。相手が自分の話を聞いているとか聞いていなくてもいい。だからグチも同じグチを繰り返すこととなるわけ。 聞いている方は、「ああ、またいつものグチが始まった・・・」となっちゃうわけです。 これはダメダメ家庭の家庭内の問題だけでなく、地域環境においても同じ。 グチばかり言う人と、会話の「やり取り」を志向している人は全く会話にならないわけ。 だから地域環境的にも、そんなグチばかりいう人同士で集まることになるわけです。 それこそグチばかり言う集団に、会話志向の人間が入ったらどうなるの? 「アンタ、さっきもその話は言っていたじゃないの?」 「それはそうとして、じゃあ、アンタどうしたいの?」 と、キレてしまうわけ。まあ、その手の集団には2度と行くことはありませんね。 逆に、会話をしている集団にグチ人間が入ったら? 今度は、周りから「じゃあ、あんたはどうしたいの?」と皆から突っ込まれることになる。 結局グチ人間は、グチ人間同士で集まってグチの花を咲かせることになっちゃうんですね。 グチ人間はお互いのグチを適当にしか聞いていないので、別にグチを聞かされても不快には思わない。どのみち人の話なんて聞かない人なので、グチでもOKなんです。 問題のある地域というものは、その手のグチサークルが多くあったりします。マトモな人間はそんな環境に馴染むことができず、さっさと引っ越してしまうわけ。 経済的に豊かではない地域でも、心が豊かだったら問題はないのですが、そんなグチばかりの地域だったら、子供だってマトモには育ちませんよね? (終了) *************************************************** 発信後記 自分の実の娘2人に11歳の頃から5年近くレイプしていた男性の裁判で、15年の求刑に対し、18年の刑を言い渡されたそうです。 大阪の48歳の無職の男性だとか・・・ そのような男性を鬼畜と言ってしまえばそれまでですが、よくわからないのが、母親は何やっていたのか?ということ。 ダメダメ家庭の問題は、「本来は当事者であるものが、当事者意識がない」状態の時に発生します。これは何回も書いています。 母親は死別とか離婚とかでいなかったの?もし、そうなら、この男性は無職なので生活保護の対象でしょうから、行政との接点が頻繁に発生しますよね?だから発見がもっと早いはずです。 それに、母親が同居していなかったら、レイプされていた女の子だって周囲に助けを求めやすかったでしょう。 この手の問題において女の子が周囲に助けを求められない理由として「母親に迷惑を掛けたくないから」ということがあります。 この手の事件の母親は、往々にして人格者として認知されていたりするわけ。 宗教活動とかボランティア活動などを積極的にやっていたりするわけです。 そんな母親の名声を傷つけるわけにはいかないので、女の子も助けを求められないわけです。 大体、無職の夫と何故に離婚しないの?一体、その男の何が魅力的なの?その男に「倒錯の美学」でもあったというの? もし、「倒錯の美学」があったら、もっと早くに発覚していたでしょう。 だってそんな「美学」を持っている人は、たとえそれが「倒錯の美学」であっても、自慢したがりなんですね。 「オレはこんなスゴイことをやっているんだ!」と周囲に自慢するわけ。 まあ、サド侯爵がそうなのかな? 自分が「スゴイことをやっている!」と思っていたら絶対に自慢しますよ。 発覚が遅れたということは、その男が「美学」を持って倒錯をしていたわけではないことがわかります。隠していたわけですからね。 はっきりいって、美学も、取り得も、仕事への意欲も、家族への思いやりもない男なんでしょうね。 だから不思議なのは、その男が娘をレイプしたことではなく、そんな男が結婚し、まがりなりにも家庭を持っていることです。 約1ヶ月前に配信した「不幸への憧れ」というお題があります。 この事件での母親が、「不幸への憧れ」を持っていることは確実でしょう。 さすがに実の娘がレイプされることまでは考えていなかったでしょうが、そんなどうしようもない男と暮らしていたら、とんでもない事態になることは、「ちょっとでも」考えればわかることでしょ? 「でくのぼう」の夫を支え、地域の活動に献身的に取り組む「立派」な女性って、結構存在しますよね?確かに周囲からの評価は高かったりしますが、さっさと離婚すればいいじゃないの? しかし、そのような「でくのぼう」の夫の存在は、逆に自分の評価を高めてくれる・・・そんな価値もあるわけです。ただその名声の「ツケ」は、子供が負ってしまうわけですが。 この事件での母親がどのような人なのかはわかりません。しかし、今現在でも「もっと前に私に言ってくれていたらなぁ・・」と自分を責めたりしているのかな?往々にしてこの手の女性は、夫に対し「ケダモノ!」となじるだけで、自分自身は純然たる被害者の意識なんですね。 しかし、本来は、もっと前に発覚していないことへの反省だってあってしかるべき。 同じことは長崎県の“新しい”方の事件でも言えますが。 |
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