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相談という場におけるダメダメ家庭
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カテゴリー 相談という場におけるダメダメ家庭
配信日 05年3月16日
タイトル 相談という形でのグチ

ダメダメ家庭は当事者意識がなく被害者意識だけがある。
このことはこのメールマガジンで何回も書いています。

当事者意識がないので、何か問題が起こっても、自分自身で解決する意欲すらなく、ひたすらグチるばかり
それどころかグチを言うために、わざわざ問題を引き起こすようなことをしたりする。
このことは前回のお題で書いております。

まあ、グチもしょうがないところもあります。
しかし、グチも洗練されてくると、「いかにもグチ」というスタイルではなく、違ったスタイルを取ってグチるようになるわけ。
このことも以前にちょっと触れております。

今回はそのひとつとして、「相談を持ちかける」というスタイルでのグチについて、考えてみたいと思います。
前回のお題と密接に関わってきますが、ダメダメ家庭でのグチの場面として、「相談」という場が狙われてしまうんですね。

だって相談という場であれば、思う存分に自分の困りごとが言えるでしょ?
それに「かっこう」がいいわけ。
単なるグチを並べるよりも、ランクが高く見えたりするわけです。

しかし、やっぱり本質的にはグチであることが多くあるわけ。
勿論、「本当に解決したい!」と、当事者意識を持って考えた上で、相談されるケースもあります。しかし、このケースはダメダメ家庭の相談においては、むしろ少数派なんですね。

当事者意識を持って解決したいと思って相談されておられる方と、単に被害者意識だけをもってグチを並べている方の違いはスグにわかります。
相談の言葉なり文章自体が全然違っているわけ。

当事者意識をもって自分自身で考えて相談を持ちかけておられる方は、相談の文章自体もわかりやすい。自分自身で十分に考えているので、相談相手がこの問題について考えるに必要な情報が、当然のこととして、入っている。それに自分自身で考えた、途中経過が、相談を持ちかけられた人間にもわかりやすい。

だから、相談を持ちかけられた人も、その人の考慮で抜け落ちている部分を、簡単に見つけることができるわけ。
こうなると、その抜け落ちていた部分を、追加して考えることによって、改善に近づくわけです。

これは当事者意識を持って、自分自身で考えた上で、相談してきた場合。
人間はどうしても、「見えていない部分」って、ありますからね。当事者意識が強すぎると、逆に「見えない」部分も出てしまうでしょ?

しかし、ダメダメ家庭での相談はそうは行かないわけ。
だって、ダメダメ家庭の人は、たとえ相談という形であっても、グチなんですからね。
おまけに始末が悪いことに、ダメダメ家庭のグチはそれ自体が目的になっているわけ。グチを並べるために、状況を悪くするわけです。

だから、相談そのものの言葉や文章もわかりにくい。
そんな言葉を聞いていると「アンタが困っているのはわかるけど、じゃあ、アンタは一体全体どうしたいの?」と、思ってしまうんですね。
ダメダメ家庭の相談は、その問いかけに答えられないわけ。
相談を持ちかけられた方としては、相談者の希望に添えるようにサポートしたいと思っていても、相談者の希望そのものがわからないと対応のしようがないでしょ?

しかし、ダメダメ家庭の相談は、そもそもがグチを並べているだけなので、本心では解決するつもりはないわけ。むしろ状況が解決してしまうと、グチが言えなくなってしまうでしょ?
解決に向かわないように、わかりにくい表現で、相談するわけです。そうして長く長くグチを並べるのを楽しむわけ。
だからその手の相談という形でのグチにヘタに同情すると、解決からますます遠ざかってしまうわけです。

あなたはどうしたいの?
どうしてこんな状況になってしまったの?
アナタ自身でできることはあったのでは?
今現在の状況を自分なりに整理してみては?
自分自身では、今までどんな改善策を取ったの?
じゃあ、最大の障害は何?

散々相談されて、逆にそんな問いかけをこちらから発しても答えが返ってこない。
だって、その手のダメダメ家庭の相談は、問題の解決のため持ちかけてきているのではないからです。
だから本人自体の希望が言えないし、希望実現のための障害もわからないわけ。

同情心に富んで、ちょっと鈍い人は、この手の相談という形でのグチに引っかかりやすい。
「あらまあ!大変ねぇ!私でお役に立てることがあったら何でも相談に乗るわ!」
そうやって、話を聞いていても、最後にはこう言わざるを得なくなってしまう。
「じゃあ、アンタは一体どうしたいの!!」
サスガにそう言われてしまったら、その「相談会」も、オシマイ。その相談相手は使用済みというわけです。

そうして次のターゲットを物色しに行くわけです。
しかし、本来なら「アンタはどうしたいの!」聞かれても、「私はこうしたいの!」と、言えばいいだけでしょ?

しかし、相談という形であっても、所詮はグチなので、自分の希望が言えないわけ。
その相談会?を終えて、「あの人はワタシのことを全然わかってくれない!」「何も役に立つことは言ってくれなかった!」と、グチのネタが増えてしまうだけ。

本人は自分の、本当の、希望が実現して、満足でしょう。
しかし、そんな人の子供はどうなるの?
しかし、そうやって、子供の状況も悪くなると、なおのこと「相談という形のグチ」が楽しめるわけです。

この「相談という形でのグチ」は、本人も意識の上では「相談」と思っているので厄介なわけ。しかし、解決の意欲もないし、自分の希望すらない状態なので、実質的に解決にはつながらないわけです。
これは以前に取り上げたクレーマーとよく似ています。

クレーマーが主張するクレームが、着地点のないクレームであるように、この手の「相談という形のグチ」も、本人に具体的な希望や到達点がないわけ。ただ、「困った!困った!」と声高に言うだけ。

グチはグチでしょうがない。しかし、ヘタにグチに体裁などつけると、ますます相手にされなくなってしまうんですね。


(終了)
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発信後記

今までちょっと言及していました、ライブドアの堀江社長がご活躍ですね。
しかし、今回は堀江社長の方がフジテレビよりもわかりやすいし、スジが通っている。

まあ、私はラジオなんて聴きませんので、ニッポン放送なんて知りませんでした。
株主の利益か?従業員の利益か?
色々と言われているようですが、リスナーはどう思っているのだろう?

ニッポン放送が今までリスナーに愛されていたのなら、まずリスナーが声を上げるでしょ?
先週取り上げたソニーもそうですが、ユーザーが見放すような会社は、その時点で終わっていると思うのですがねぇ。