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カテゴリー ダメダメ家庭出身者の行動
配信日 05年3月22日
タイトル 自己否定型結婚

アメリカの映画監督であり、俳優でもあるウディ・アレンの77年の作品に「アニー・ホール」という映画があります。主演はアレン自身と、当時の彼の恋人であるダイアン・キートン。

神経症的で、一筋縄ではいかないニューヨークという街にオマージュを捧げることで、神経症的で一筋縄ではいかない人間であるアレン自身を表現している映画です。
まあ、ホント一筋縄ではいきませんね。
しかし、あのチャーリー・チャップリンが激賞した作品です。

さて、その「アニー・ホール」の冒頭にグーチョ・マルクスのジョークが主演のアレン自身によって語られます。グーチョ・マルクスはあの共産主義のカール・マルクスではありませんよ。コメディアンのマルクス兄弟の片割れでしょう。
さて、そのマルクスさんのジョークというのが、
「ボクをメンバーにするようなクラブには入会したくない。」
というもの。
「オレのような、こんなダメダメ人間なんかの入会を認めるような、人を見る目のないクラブなど入ってやるもんか!」
そういうわけですね。

随分自己否定的な発想ですよね?

ダメダメ家庭出身者は往々にして、このような自己否定的な発想をしがちです。子供のころ親から大切に扱われていたわけではなく、「おまえなんか、何をやってもだめだ!」と教育されて来ているので、子供の頃から「自分なんか、どうせダメダメだ!」という発想になってしまっているんですね。
自分で自分の価値を認めていないわけ。だから自分自身を大切にするわけもない。

まあ、社交クラブへの入会のような問題なら笑って済む話。
問題は、これが結婚のような事態になったときです。

前記のグーチョ・マルクスのジョークを結婚に当てはめればこうなります。
「ワタシと結婚したがるような人間とは結婚したくない!」
「ワタシのような会話もできない、ダメダメ人間と結婚したがるような見る目のない人間と結婚しても、将来はどうせ上手く行くわけがない。」

随分自己否定的と思われるでしょう?
しかし、実際にそのとおりでしょ?ダメダメ家庭出身の人間と「考えもなしに」結婚するような人間と結婚しても、ドメスティック・ヴァイオレンスなどの修羅場になってしまいますよね?まあ、マトモな人なら、そんなダメダメ家庭出身の人とは結婚しませんよ。
だから、ダメダメ家庭出身である自分自身と結婚してもいい、と思ったりするような人とは気軽に結婚してはいけないわけ。

そんなこと、わかりきったことでしょ?
といっても、人間はバカをやる動物で・・・・

実際に、上記の「ボクをメンバーにするようなクラブには入会したくない。」と、映画の中で堂々としゃべっていたウディ・アレンは、後になって、実生活でミア・ファローなんかと結婚して、とんでもない修羅場をやっていました。
「ボクと結婚したがるような人間とは結婚したくない!」
ということを、一番わかっている頭のいい人間であるウディ・アレンですら、このザマ。

これでは、一般レヴェルの頭脳のダメダメ家庭出身者が、自分と同じようなダメダメ人間と結婚して、修羅場に陥るのも、いたし方がない面もあるわけです。
それにダメダメ家庭出身者は前回のお題のようなスジの悪い結婚をしたりする例が多い。「人に合わせすぎる」人間と、自分の意向を伝えるのがヘタな人間は、往々にしてくっつきやすかったりするわけ。

「ワタシと結婚したがるような人間とは結婚したくない!」
と、自分自身の自己否定的な発想をちゃんとわかっている状態なら、まだ傷も小さくて済むわけですが、自己否定の発想で結婚に突入してしまう発想もあるわけ。

「えっ?ワタシと結婚したいの?こんなワタシでよかったら、いつでもあげるワ!」
自己否定型の結婚受け入れですね。
「こんなダメダメなワタシなんて、いまさら何かの役に立てるわけがないし・・・こんなワタシをご希望なら、進呈するわよ!」

そうして、プロポーズには「こんなワタシでいいの?」と相手に疑問を投げかける形でOKを出すわけ。

「こんなワタシでいいの?」と、言いながら相手のプロポーズを受け入れるのは、マトモ家庭出身者でもあったりします。と言っても精神状況が違っているわけ。

マトモ家庭出身者は「こんなワタシでいいの?」と言いながら、内心では「シメシメ・・・コヤツもとうとう言いよったワイ!これでコヤツはワタシのモンじゃ!」と悪代官のようにほくそえんでいるわけ。まあ、顔の表情ではしおらしい表情をしていますが、心の中では悪代官のように考えているわけ。

それに対し、ダメダメ家庭出身者の「こんなワタシでいいの?」という言葉は、全くの掛け値なしなんですね。本心からそう思っている。まるで純情可憐な村娘のような感じ。

だったら、純情可憐な村娘のほうがいいじゃないの?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、自分の結婚という自分自身のビックイヴェントを、そんな自己否定的な精神で「こんなワタシなんか、さっさとあげるわ!」と、「くれてやる」ようではダメなんですね。
当事者意識ゼロでしょ?当然のこととして、結婚後は修羅場になってしまうわけ。
そうなると、「あの人は、このワタシでいいといったのに、文句ばかり言って・・・」と、逆に被害者意識に陥ることになる。

結婚相手の選択を当事者意識を持って行ったわけではないので、自分自身は純然たる被害者だと思っているわけです。

せめて結婚相手の選択ぐらいは、悪代官のように当事者意識を持たないと、結婚後も、うまくいくわけがありませんよね?

しかし、自己否定的な発想で、結婚に突入し、結婚はうまくいかず・・・そんな人が唯一できることは、子供を作ることくらい。
しかし、自己否定的で、自分自身を大切にしない親に育てられた子供が、ちゃんと育つわけがないでしょ?

「ボクをメンバーにするようなクラブには入会したくない。」
大人だったらそう言うこともできます。
「ワタシと結婚したがるような人間とは結婚したくない!」
大人だったら、そのような判断も可能です。
しかし、「子供を育てる能力のない親の子供にはなりたくない!」という子供の当然の願いは対処のしようがないわけ。

ダメダメ家庭出身で自己否定型発想の人間は、周囲とのコミュニケーションが取れないので、結局、自分の子供しか相手になってくれない。子供としては親から自己否定の精神を叩き込まれるわけです。
こうなると結果は言うまでもないことですよね?

「ワタシのような人間が、自分の親には、なってほしくはない。」
そう思っている人も多いんじゃないの?


(終了)
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発信後記

冒頭で紹介したアメリカのウディ・アレンは毎年1作のペースで映画を制作しています。多作家と言えるでしょうね。
ダメダメ家庭のアーティストには、このような多作家の芸術家が結構いたりします。
それだけ自分自身を表現したい!という切迫感があるわけでしょうね。

このメールマガジンの最終回で取り上げる予定の作品も、実際にダメダメ家庭出身で多作家の芸術家の作品です。
最終回といっても、文章のストックもまだまだありますので、まだ先になりそうです。
私もたくさん文章を書いてしまったなぁ・・・

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