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ダメダメ家庭が持っていない発想
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カテゴリー ダメダメ家庭が持っていない発想
配信日 05年4月8日
タイトル 感謝の心がない

ダメダメ家庭は当事者意識がなく、被害者意識だけがある。
このことはこのメールマガジンで何回も書いています。

当事者意識がないということは、「このことは本来は自分でやらなければならない!」なんて思っていないことですね。
自分自身は傍観者でいいのだ!
いやそれどころか、「自分は被害者なのだから、サポートされるのが当然なのだ!」
そのように発想が行くわけです。

だから、どうしても感謝の心がないわけ。
「本来は自分でやらなければならないことなのに、自分の代わりにやってもらってありがたい!」
まあ、感謝の心って、こんなものでしょ?
だから「本来自分でやるもの」という意識がない場合には、感謝の心は発生しないものなんですね。

以前にインドネシアから東チモールという地域が独立いたしました。長い独立闘争があったそう。インドネシアから独立した東チモールの人が言うには、
「外国の方よ!さあ!これから思いっきり我々に援助してくれ!」
堅物のNHKの人も呆れていましたっけ。
しかし、東チモールもやっぱりイスラムなので、当事者意識がなく被害者意識だけがあることを理解すれば、そんな素っ頓狂な言葉も理解できますよね?

あるいは、韓国だってそうでしょ?
日本からの援助を決して感謝しないでしょ?
確かに過去に色々とあったでしょう。しかし、本来自分の国を自分自身で守れなかった当事者意識の欠落こそが問題でしょ?占領されるのも能力不足なんですね。

せめて「今度は占領されないようにしよう!」とか自分自身で反省すればいいのでしょうが、結局当事者意識がなく、被害者意識だけがあるので、「援助はもらって当然。」と思ってしまうわけ。
本当はそんなものもらいの精神に安住させてあげては、相手のためにはならないことは自明なんですが。

あるいは、日本でもやっぱりヘンな地方もありますよね?
「ウチらはこんなに厳しい生活をしているんだから、国から沢山もらって当然!」
そんなにその地方が不快なら、そこから出て行くなり、日本から独立すればいいじゃないの?

しかし、「オレたちは被害者だ!」と、まるで韓国人やイスラム教徒のように自分たちを納得されている状態なので、いつまでも自分で何もせず、国からの援助を当てにしている状態。

大人はそれでいいでしょうが、そんな大人の元で育つことになる子供はどうなるの?
前にも書きましたが、茨城県では禁煙車の中で制服の高校生がタバコを吸っていますよね?
茨城県の大人が、国からお金をもらうことばかり考えているから、子供がダメになっちゃうわけでしょ?

そういえば、東北の仙台に本拠地を構える野球チームの楽天に関して、宮城県の知事がこんなことを言っていました。
「楽天のスタッフは地元優先で・・・」
いかにも田舎モノ根性丸出しだとビックリ!
折角、仙台に来てくれる野球チームがあるのなら、地元の方でサポートするのがスジでしょ?さっそく「たかろう」と思っているんだから、どうしようもない。

もうダメダメが身に付いてしまった人間に対し「感謝の心を持て!」といっても、今更しょうがない。
むしろ、「あの人は、どうも感謝の気持ちがないなぁ・・・」と思われるような人には関わらないことが必要ですよね?
だって、そのような「もらって当然」と思っているような人は、それだけ当事者意識がなく、被害者意識だけがあることがわかるわけ。
つまりダメダメ家庭を作る人間だということがわかるわけです。

そんな人たちと関わりを持つと、それこそ入れ込まれたり、ストーキングされたり、ドメスティック・ヴァイオレンスになったりと修羅場が待ち受けているだけなんですね。

ちなみに、別に私はこのメールマガジンを感謝して読んで欲しいと思っているわけではありませんヨ。私は私の責務と能力に応じて、自分のやるべきことをやっているだけなんですからネ。
しかし、何もこのメールマガジンを読む時に限らず感謝の気持ちが最近起きていないなぁ・・・と思ったら、ちょっと自分自身を見つめてみる必要があるでしょうね。
感謝の心がなくなっているのは、それだけ当事者意識が欠如している状態。
過ちを修正するのは早ければ早いほうがいいでしょ?


(終了)
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発信後記

本日、金曜日はローマ法王ヨハネス=パウロ2世の葬儀です。
サン=ピエトロ寺院は、本日はさすがに警備は厳重でしょうが、私が観光で行った時は、典型的なスポットは気軽に行くことができました。

イタリアに観光に行った時は、教会のありがたみが実感できます。
イタリアは急に天気が変わるので、教会は雨宿りに持ってこいなんですね。
無料だし、座れるし、静かだし、安全だし、絵なども掛かっていて飽きないし・・・
たぶん、トイレなども利用できるかも・・・
信者でない人は出て行け!なんて言われませんからね。マナーさえ守っていれば、大丈夫。

教会のドアがいつも開いていて、入るのも出るのも自由という雰囲気。
ちゃんとした組織は、そんな開放的なところがあるものです。
それだけ自信があるわけ。

名ばかりのキリスト教なんでしょうが、少女をレイプした金保なる牧師がいたそうですが・・・
出て行く人間を妨害するのは、典型的なダメダメな発想であることは先日配信いたしました。そんな開放的な面がない閉鎖的な教団なら、いかがわしいと見るのが大人の分別。
大人の分別のなさで犠牲になるのは、いつも子供なんですよね。