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ダメダメ家庭が持っている発想
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カテゴリー ダメダメ家庭が持っている発想
配信日 05年5月16日
タイトル 勝ち負けだけで判断する

ダメダメ家庭は会話ができない。
人の話を真摯に聞くことができないわけ。
会話ができれば、様々な人から様々な考え方を聞くことができますが、人の話を聞けなければ、多様な考え方なんて、得ることはできないでしょ?

だから会話ができないダメダメ家庭の人間は、どうしても判断が単純明快なものしか受け入れないわけです。
往々にしてその判断基準は「勝ったか?負けたか?」となるわけです。

参加している人たちが、ハッピーになることが重要、とか、
今までとは別の世界を知ることができてヨカッタ、とか、
そんな風には考えないわけ。
とにもかくにも『勝ったか?負けたか?』と、単純なものなんですね。

確かにスポーツの世界などでは、「勝ち」を目指してがんばることが重要でしょう。
参加することに意義がある、って美辞麗句もありますが、やっぱり基本的には勝ちを目指すもの。
しかし、負けは負けでも明日につながる負けというものもありますよね?
明日につながる負けにするには、グッドルーザーになる必要があるでしょ?
自分の負けを認めて、至らない点を反省し、次につなげる。

ダメダメ人間は「勝ち」にこだわりますが、上手な負けはできないわけ。だから明日につながらない。そのような明日につながらない負けしか知らないから、よけいに偏執的に目の前の「勝ちにこだわる」わけ。

スポーツの世界でイカサマをしても勝とうとしたり、負けた後で文句タラタラだったり。
周囲から「アイツ・・・見苦しいヤツ!」と思われても知らん顔。

このようなことって、それこそインターネットの掲示板などでもよく見られるでしょ?
議論が白熱しているのかも知れませんが、やたら汚らしい言葉で罵倒の限り。
本人は「アイツに勝ちたい!」と思っているのかもしれませんが、そんなやり取りを見ている方は呆れるだけですよね?

そんな汚らしい言葉でのやり取りって、結局双方が敗者でしょ?
しかし、会話ができずに、多様な考えを受け入れることができないダメダメ家庭の人間にしてみれば、「勝つためには手段を選ばない」発想で、結局は敗者になってしまうわけ。

スポーツでも議論でも、最終的に自分自身が豊かになればいいじゃないの?
すべてのやり取りを「勝ち負け」で判断するような人は、結局豊かになることができず、すべてにおいて敗者になってしまうんですね。

しかし、ダメダメ家庭では、会話ができないばかりではなく、自分自身で考えるようなこともしないわけ。
自分自身ではどのようにしたいのか?
そんなことを考えるのは自分自身でしかないでしょ?自分自身の希望を考えない人間は、とりあえずの希望として「アイツに勝とう!」と考えるわけ。
そしてその勝利のために偏執的に行動することになる。

実際に、この手の「アイツに勝とう!」などと偏執的に言ったりする人が、「自分の幸福は○○だ!」などと、わかりやすく主張したりすることはありませんよね?
むしろ、「悪いのは全部△△のせいだ!」と、被害者意識を主張するだけでしょ?
まあ、韓国が代表例ですが。

自分自身の希望を語れない人だからこそ、「勝ち」にこだわってしまうわけ。
そんな勝利って本人の幸福にはつながらないでしょ?

本人がそんな喜びに浸っているのも勝手ですが、そんな人と一緒にいる人にしてみればたまったものではないでしょ?
だって、どんなやり取りをしても「勝ったか?負けたか?」しか関心がないわけですからね。
勝とうとして、戦いの相手を見ているのかもしれませんが、その分、自分自身から逃げてしまっているわけ。
そんな人がマトモな家庭を作れるわけがないでしょ?


(終了)
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発信後記

何でも、若い女性を強制的にメイドにしていた男が逮捕されたそうですが・・・
まあ、その男がダメダメ家庭出身であることは明白でしょう。
そうなんですが、日本の男性は、たとえマトモな人間でも、ある種のメイドさん願望がある人が多いようです。それこそアニメの世界ではメイドものなるジャンルがあるようです。
かわいいメイドさんが突然に現れて、「ご主人様、精一杯ご奉仕させていただきます!」なんて言葉が出てくるヤツ。
以前、調べてみたことがありますが、実に多い。

ただあの手のメイドものには約束ごとがあるようで、メイドさんは人間ではないことが通例のようです。ロボットだったり、アンドロイドだったり、精霊だったり、宇宙人だったり、動物の生まれ変わりだったり・・・さすがに人間をメイドさんにするのは倫理的に問題だと思っているんでしょうね。

メイドものの古典となると、有名な「鶴の恩返し」となります。あの作品はキャラ設定なと、今のメイドものの要素をすべてを含んでいる完璧な作品です。あとメイドものの変種となると「ドラえもん」も、一種のメイドものでしょ?
日本の男性は、そんな作品が好きなんでしょうね。
どこの国にも、それぞれに、好きなジャンルがあったり、逆に受け付けないジャンルがあるようです。

今は5月ですが、5月にちなんでか「さつき」と「メイ」なんて名前の女の子が活躍するのが「となりのトトロ」。
あの手の魑魅魍魎というか、「もののけ」は、多くの日本人は受け付けることが可能ですが、受け付けない地域があります。ヨーロッパですと、ドイツあたりから東だったら、その手の「もののけ」の存在も受け付けることができる。
ただフランスではその手の「漠」としたものは、受け付けないんですね。

宮崎監督のアニメがベルリンの映画祭で賞を取りましたが、ベルリンだから賞を取れたという面もあるわけ。フランス人には、わからない世界なんですね。
フランスの怪談って、あまり聞かないでしょ?

フランス人の恐怖って、あの手の漠としたものではなく、もっと明晰で現実的なものに由来するようです。それこそ継子いじめをする母親とかね。
あの手のサディスティックな人間こそ、フランス人の恐怖の源泉のような気がします。
そもそもサディズムのご本尊のサド侯爵だって、フランス人。

現実的で、明晰な方法で、相手の「痛み」を執拗にえぐっていく・・・このようなサディスティックな面が、フランス人のある種の本質じゃないのかな?
言っておきますが、私はこれでも日本人ですヨ。