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ダメダメ家庭出身者のキャラクター
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カテゴリー ダメダメ家庭出身者のキャラクター
配信日 05年8月8日
タイトル ボランティア関係者

一見「すばらしい」ことであって、確かに悪くはないのですが、実際問題として詳細に考えてみると、「コトはそんなに簡単じゃない。」と思わされることってありますよね?

恵まれない人を助けるボランティアも、勿論すばらしいこと。
これは誰も異存がないでしょう。
しかし、実際問題として、コトはそんなに簡単じゃないわけ。

このメールマガジンに対してご意見を頂戴することがあります。以前にも書きましたが「逆上メール」も来たりすることがあります。内容も支離滅裂で、乱暴な文章のもの。
その種の逆上メールの書き手で、ボランティア関係者が結構いたりするんですね。
なぜにボランティア関係者だとわかるのか?と思われる方もいらっしゃるでしょうが、これも以前に書きましたが、逆上メールを送られる方は細かな配慮などしない人が多いわけ。だから個人情報がバレバレのケースも多いわけです。

「こんな問答無用で、強圧的な文章を書く人が、困っている人とどんな風にコミュニケートするんだろう?」
不思議に思ってしまいます。
しかし、逆に言うと、そんなに会話の能力がない人だからこそ、ボランティアという場に自分の身を置く必要があるわけ。
だって、「恵んでやる」という立場だったら、自分自身の会話能力が低くても、相手は付き合ってくれるでしょ?
対等な立場だったら敬遠されるような人でも、「施しを与える」という立場だったら、相手だって・・・一応は・・・感謝してくれますよ。

このような点は、以前にシガニー・ウィーバー主演の「愛は霧の中に」という映画を考える際に触れたことがあります。あの映画の主人公も典型的に会話能力がない人間でした。だからボランティアの場で「恵んでやる」という立場に立ちたがるわけです。

それに、これも以前に書きましたが、ダメダメ家庭出身の人間は「自分自身の存在理由」を求める傾向があります。「何がしかの役に立たなければならない!」なんて強迫的に思っていたりするわけ。ということで、安直に人の役に立とうとするわけ。

人の役に立つことは、すばらしいこと。
しかし、その種のダメダメ家庭のボランティアでは元々会話の能力がない人が多いので、ボランティアスタッフ同士の対立が起こったり、援助される側だって、「堪忍袋の緒が切れる」ことが発生したりするわけです。よくあるでしょ?

そうなると、そんなダメダメ・ボランティアは別のボランティア団体に行って新たなボランティア活動を模索することになる。
しかし、そんなトラブルが起こったら、本来は自分自身を見つめないとダメですよね?新たなボランティアを模索するより、自分自身を模索することの方が先でしょ?結局、「自分探しの旅」と同じように「自分からの逃避」が主目的になってしまっているわけ。

しかし、ボランティア関係者というと、一般的に「とおり」がいいわけ。
「あなた・・・・立派な仕事をやっているのねぇ・・・」とほめられたりする。
しかし、逆上メールを送りつけるくらいの人がやっている「人助け」って一体何?
自分自身を律することができない上に、そんな貧しい会話能力で、どうやって人助けしているの?

しかし、何回も書きますが、「恵んでやる」という立場だったら、人は「従って」くれるわけ。ある種の人々は、ボランティア「も」やっているのではなく、ボランティア「しか」できないわけです。

本来は、ちゃんと会社勤めをして、税金をちゃんと払えば問題ないでしょ?後は税金で福祉活動を充実させればいいじゃないの?こっちは安くもない税金を払っているんだからね。
その上で、もっと人助けをしたい人は、おのおのの意欲や能力に応じて、人助けをすればいいわけでしょ?

「ボランティアをしないと生きていけない!」
なんて状態は異常ですよ。一種の中毒なんですからね。
しかし、ダメダメ家庭の人間は会話の能力がないので、「恵んでやる」という立場でないと相手をしてもらえない。どうしてもボランティアをしたがるわけです。

実に面白いケースがあります。先日逮捕された西武鉄道の堤義明氏。
彼が重症のダメダメ家庭出身者であることは有名ですよね?
彼はスポーツ団体などの役員を歴任したりしていました。
これらはすべて無給です。つまり一種のボランティア。

それ自体は立派なことと言えますよね?
しかし、ご存知のように西武グループ・・・なかんずく堤氏の一族は税金を払わないので有名な一家ですよね?勿論、その種の「節税」は、基本的には、合法的な方法でしょう。
合法的な節税は非難するには当たらない。

しかし、必死で税金をケチくらいに、そんなにお金にガメツイのなら、ボランティアなんてしなければいいじゃないの?
なぜにわざわざ無給の役職を?

この種のスポーツ団体の役職は、無給であるのが基本ですが、「給料を払って優秀な人間を雇ったらどう?」という意見に、反対する人が多いんですね。
「オレたちは無給でやりたいんだ!」
そんな反対意見が出てきて、給料を払うことが頓挫するそう。

「給料をもらったら、成果を出さないといけない。それがプレッシャー。だから無給でいい。」そう考える人もいるんでしょう。しかし本来は、無給でやっていても成果を出す義務があるでしょ?いい加減な気分でやっているのなら、そんな役職に就いてはダメですよね?

無給でやっているということは、一種の「持ち出し」ですから、当人にとっての「被害」とも言えるわけ。「被害者意識」に満ち満ちたダメダメ家庭の人間には、「なじみ」の世界といえるわけです。
だから、「なじみ」のグチが、展開されることに・・・
「オレたちが無給でやっているのに、周囲の連中は何やっているんだ!」
「こんなにオレたちが世話してやっているのに、当人たちは感謝もしない!ケシカラン!」
あるいは福祉の分野だったら、
「こんなお気の毒な人たちを放っておくなんて、この人の子供は何をしているんだか!!」

そんなにグチばかり言っているのなら、そんな役職を辞めればいいでしょうが、グチを言いながら続けていたりするわけ。いや、グチを言いたいがために続けていると言えるわけ。

たとえば堤氏だったら、しっかり税金を払って、そのお金で優秀な人材を雇った方がいいわけでしょ?
「国のやり方は気に入らん!オレが自分でやるんだ!」
確かにそのような面はあるでしょう。しかし、それって、一般庶民だったらそうでしょうが、堤氏のような衆議院の議長を父に持ち、政財界に影響力を持っている人間が言うことではないでしょ?
堤氏が一言言えば、国の制度だって改善されますよ。少なくともスポーツなどの分野だったらね。そっちのほうが本来の彼の仕事でしょ?

しかし、会話能力のない人間は、直接的に「恵んでやる」立場に自分を置きたがる。そして無給という自分にとって被害がある状態のほうが「なじみ」。自分に被害者意識があるので、他者の被害には無頓着。「自分こそが一番の被害者だ!」「だから何をやってもいい。」と思っているわけ。だから女性スポーツ選手に無体なことを平気でやったりする。

人助けそのものは勿論結構なことなんですが、まずは自分自身が一人前になることが先決でしょ?
ちゃんとした会話能力を身につけ、相手に配慮する。人への善行だって、まずはそれからですよ。
半人前の人間が出来ることはボランティアくらい・・・確かにそうでしょうが、そんな人助けって、相手に失礼ですよ。

しかし、ダメダメ家庭の人間は、自分の問題から目を逸らしたい。
だから、大きな問題のあるところに出かけて、大きな問題の洪水の中で自分の問題を埋没させようとするわけ。

しかし、目を逸らすのが目的なので、現実的な対応ができないわけです。
深刻な問題を扱うボランティア活動って、現実的な改善よりも、「キレイこと」の連呼で終わっているところも多いでしょ?
現実的な改善策について考えると、自分自身の問題と直面することになったりする。「それはイヤだ!」と言うことで、現実無視のキレイ事の連呼で終わってしまうわけ。

実は以前に驚いたことがあります。
とあるドメスティック・ヴァイオレンスの講習会でのこと。その講師の方がどうしようもない。
まずは話がヘタ。語り口がヘタというだけでなく、内容にまとまりがない。一種の自己陶酔型なんですね。「ドメスティック・ヴァイオレンスは会話の能力の欠如です。」なんてありきたりなことは結構なんですが、本人そのものの会話の能力が著しく欠落していたわけ。

そんな会話能力のない人に相談しても、事態が改善させるわけがありませんよね?結局、会話能力のない人間が集まってグチを言うだけで終わってしまう。
グチを言いたいドメスティック・ヴァイオレンスの当事者と、やっぱりグチを言いたいボランティア・おたくが集ってグチ大会。
そんな人間が出す結論なんて、現実無視の「べき論」と相場が決まっているわけ。
そして、「本来はこうすべきなのに、うまくいかないのはケシカラン!」とやっぱりグチ。
しかし、それで事態が改善されるわけもありませんよね?

ボランティアなんて、自分の身を削って・・・被害者意識を持ってまで・・・やるものではないわけ。余っている時間でやればいいわけです。しかし、ダメダメ家庭のボランティアは、それなしには生きていけないほどに中毒になってしまっているわけ。
結局、自分自身の問題から目を逸らしているだけなんですね。


(終了)
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発信後記

どうやら衆議院が解散されそうですね。
小泉首相も、郵政の改革という政策自体はいいとして、もうちょっと「進め方」を考えればいいのに・・・と思うのは私だけではないでしょう。

反対派に対して「オレの言うことを聞かないと、どっかーんとなるぞ!」と脅したりするのは、北朝鮮の典型的手口。
折角、日本にはPRの方法だって沢山あるわけですからね。それを色々と使えばいいのに・・・

たとえば、「ドラえもんと学ぶ楽しい郵政改革」なんてアニメのヴィデオでも製作して、国会議員に配れば、国会議員だって地元の人に説明しやすいでしょうに。
全盛期の小泉さんだったら、そんな配慮もできたのでしょうが、一回悪い方向にスパイラルが回りだすと、なかなか修正が効かない・・・

ダメダメになった組織の難しさって、家庭でも政治でも同じなんですね。