| カテゴリー | ダメダメ家庭出身者の状況 |
| 配信日 | 06年6月9日 |
| タイトル | 実家との微妙な距離 |
ダメダメ家庭を作る親は、会話の能力がない。 だから自分の子供しか相手になってくれない。 だから子供が自分から離れて行くのを妨害しようとするわけ。いつまでも自分の相手をさせようとするわけ。 と言っても、ダメダメ家庭は被害者意識が強い。一緒に暮らしていても「オマエを育てるためにワタシの人生を棒に振った!」そんなグチを言うだけ。 そんな自分に迷惑を掛けた子供なんて、さっさと外に出して、もう会わなければいいだけでしょ?しかし、そんなことをすると、唯一のネタであるグチが言えなくなってしまう。そしてグチの相手がいなくなってしまう。 結局、身近においてグチを言うだけ。 ダメダメな親というものは、そんなことを望んでいたりするわけ。 ダメダメな親はそのように考えているとして、では、子供はどう考えているの? 子供は親の希望通りには育たない。そもそも親のグチばかり聞いていたわけですからね。 だから色々なケースが存在いたします。 今回取り上げるのは、「なんとなく」微妙な距離のままでいるケースです。 そもそもダメダメ家庭の人間は、自分自身を厳しく見つめることができない「心の弱い」人間が多い。 何かうまく行かないことがあると、「悪いのは全部○○のせいだ!」と他者に責任を押し付けるだけ。 おまけに、ダメダメな親ほど被害者意識が強いので、そんな家庭に育った子供ほど「親に迷惑を掛けられない!」と思い込んでいる。だから「思い切った」ことはしない。 かと言って、親との関係を修復するようなこともしない。だって、顔を合わせてもグチを言われるだけなので修復のしようもないわけ。 しかし子供の方も、自分の親について「親のせいで、ワタシは上手くいかない・・・」と始終グチっていたりする。そんなグチを言いながら、実家に住んだままだったり、実家から離れても結局は親の近くにいたりするわけ。かといって、積極的にコンタクトを取るわけではない。 じゃあ、「いったいアンタはどうしたいの?」 まさにダメダメ家庭の人間にお約束の疑問が出てきますよね? 確かに親子だったら、絶交をしたくても、現実的に出来ない場合が多い。それにダメダメ家庭出身者は経済的に自立できないことも多い。まあ、会話ができないのだから、社会生活だって上手く行きませんよ。まあ、現実は現実でしょうがない。 だから重要なことは、精神的な位置づけでしょ? 自分の親を精神的な「ブラックリスト」に登録すればいいじゃないの? 親の言葉は聞いても、「馬の耳に念仏」状態に徹すればいいじゃないの? 子供時代の自分が、そうされたようにね。 「自分の親はまったく頼りにならない。」なんてグチっているのなら、そう「扱えば」いいわけでしょ?どうして中途半端に関わるの?一緒に居て会話があるわけでなし・・・ あるいは、近くに住んだとしても頼りになるわけもないでしょ?そんなダメダメな親は自分が困った時に助けてくれるの? しかし、ダメダメな子供は、グチを言いながらダメダメな実家に住んだり、あるいは、それこそ「スープの冷めない距離」に住んだりするわけ。なんともまあ、微妙な距離。 それって、結局は、自分自身の問題と直面することから逃げているわけですね。 自分自身の問題と向き合えば、必ず自分の出身家庭について考える必要が出てくるでしょ? その上で、「かつては色々とあったけど、やっぱり自分の親は、すばらしい親だった。」と思えば、積極的にコンタクトを取ればいいだけですし、「自分の親はダメダメだった。」と思えば、逆に精神的なブラックリストに登録すればいいじゃないの? 「めったに合わないし、会えばグチを言われるだけ。」という親との関係を「なんとなく」ズルズル続けていることは、そのまま自分自身と向き合っていない証拠でしょ? 結局、どっちつかずのまま。 自分自身で考え、「自分にとって親はどんな人だったのか?」そんなことを判断することから逃げているわけ。 現実においても、実家と「どっちつかず」の関係の人っていたりするでしょ?そんな人って例外なくグチっぽいでしょ?だって自分自身から逃げているわけですからね。 現実上の距離なり、コミュニケーションの距離はどっちつかずでも、そんな人は、結局は自分の親と一番近いわけ。やっていることは、自分の親とまったく同じなんですからね。 そんな人は、自分自身を見つめることをせず、親の問題を片付けることもしないわけ。「なんとなく」親と関わりを持ってしまう。そんな人が上手くいかない場合は、結局は誰かを犯人認定することになる。それこそ「悪いのは全部○○のせいだ!」なんてお約束の言葉。 そして、その犯人と認定する対象だって、自分自身から遠いもの。以前に書きましたが、「新しく関係ができた新参者」を犯人認定するわけです。だって新たに関係ができた人が原因だったら、自分自身や親の問題を考えなくて済むでしょ? まあ、そんな犯人認定される新参者は往々にして、自分の子供になってしまうわけ。 「子供ができたせいで、自分の生活はメチャクチャ!」 「子育てのせいで、自分の人生を棒に振ってしまった!」 まったく、親と同じなんですね。 今回、このお題を取り上げたのは、例の秋田県の事件のことがあるからです。 まあ、時事ネタばかりやっているのもなんですが・・・まあ、割と人気がありますからね。たぶん、期待していた人も多いでしょうし・・・違います? しかし、あの女性だって、どうして秋田県に住んでいるの? それも実家の近くでしょ? 彼女がダメダメ家庭出身者の典型的な人間であることは、あまりに明白ですよね? 子供しか相手になってくれないところまで親とそっくり そして、被害者という立場が得られると、「妙に」ツボに入って、張り切ってしまうでしょ? そうして、自分の「被害」をことさら強調するようになる。 まあ、皆さんもそう感じたでしょ? しかし、彼女自身はそのことをどの程度自覚していたでしょうか? たしかに被害はあったでしょうが、一番考えなくてはならない被害は、自分の親からのものでしょ?しかし、そのことを考えることから逃げていたわけ。だから実家のある秋田県に住んでしまう。 もし、彼女が、自分自身や自分の実家の問題を明確に自覚したら、秋田県には住まなかったでしょうし、あんな事件も起きなくて済んだでしょう。だって、自分の親と同じように、子供を育てる意欲も能力もない・・・と、自覚できれば、養子に出すことだってできたわけですからね。 子供への距離も、実家への距離と同じように、明確に判断せず、「なんとなく」の関係。 この手の「なんとなく」の関係は、ダメダメ家庭出身者では結構あったりします。 私などに相談される方にも、そんな状態の方もいらっしゃいました。 私としては「親が嫌いなら徹底的に嫌ったら?それを避け中途半端にしているから、今の問題が大きくなったのでしょう?」などと言ったことがあります。 「自分の親を嫌ってはいけない!」なんて、お説教をぶつだけの人も多くいますが、そんな「ありがたい」お説教によって子供が死ぬ・・・それが現実のダメダメの世界なんですね。 (終了) *************************************************** 発信後記 今回の秋田県の事件の彼女だって、きっとバカではないのでしょうから、本気で色々と考えれば自分自身の問題なり、実家の問題だって考えることができるはずですよね? こんな時に大敵になるのが、よく書いていますが、ボランティアの連中。 あなたたちは全然悪くはないのよ! 悪いのは全部○○なのよ! なんて言い出して、本人が自分で考えることを妨害するわけ。 そうやって、いつまでも一緒にグチを言い合える仲間であるようにしてしまう。 グチに共感するのは勝手ですが、本当に、当人のことを考えているのだったら、「アナタも、もうちょっと自分自身の問題として考えてみたら?」「で、結局アンタはどうしたいの?」などと言う必要もあるでしょ? 事態が悪化して、「しわ寄せ」が来るのは、被害も語ることができない一番弱い立場の人なんですね。声を大にして自分の被害を語っている人ではないわけ。 それこそイスラムにボランティアに出かける能天気連中もいますが、イスラムでは女性や子供が自分の被害を語ることも許されずに、厳しい状況にいるわけでしょ? しかし、ボランティア連中は、そんな本当の弱者には目を向けず、グチを言っている人間に吸い寄せられるだけ。そして一緒にグチっているだけ。そして、そのようなダメダメな精神的土壌を温存させ、結局は「一番弱い人間」が追い詰められて、行くところまで行ってしまうことになる。 それがどうして善意なのか?私にはさっぱりわかりませんよ。 |
|