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ダメダメ家庭出身者のキャラクター
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カテゴリー ダメダメ家庭出身者のキャラクター
配信日 06年10月13日
タイトル 純粋な人
このメールマガジンでたびたびフランスの詩人シャルル・ボードレールの言葉を引用したりしています。まあ、ボードレールの名前を出さずに引用することもありますから、気がつかなかった人も多いでしょう。

そのボードレールはこんなことを言っています。
「女は自然である。だから汚い。」
こんなことを書くと、このメールマガジンの購読者の中の女性は、烈火のごとく怒っちゃいますよね?
「私は毎日お風呂に入っているわ!汚いなんて失礼な!」
そう言いたくなるのは当然。

しかし、このボードレールの言葉は、そんな「バッチい」「不潔さ」という汚さを意味しているわけではありません。そもそも最初にある言葉の「自然である」はどういう意味なの?それこそ、こんな「女は自然である」なんて言葉は不自然ですよ。

汚いなんて言い方だと誤解を招くのも当然。フランス語の原文を当たりたかったところですが、ちょっと見つからない。
まあ、ただ彼が言わんとすることはわかります。

汚い・・・という言葉ではなく、不純なんて言葉にすると、よりわかりやすくなる。
えっ?やっぱりわかりにくいかな?
あるいは、「純粋ではない」なんて言葉だと、よりわかりやすくなるわけ。

純粋ではない・・・って、どういう意味?
そのようにチョット考えてみることになるでしょ?

では、逆に、「純粋」って何でしょうか?
あるいは、たまに人に対して使われたりしますよね?
「あの人は純粋な人だ!」って・・・

ここで、ちょっと思い出してみましょう。人から「純粋な人だ!」と評価されるような人って、幸福な人なの?
往々にして、「純粋な人」と言われる人って、生き方が不器用な人という意味でしょ?
生き方が不器用を、好意的に言うと「純粋な人」となる・・・そんなものでしょ?

要領が悪く、なあなあでごまかすことが苦手。だから人と衝突してしまい、そして傷つく。純粋な人って、そんな状態ですよね?

そして、そんな「純粋な人」って、往々にしてその人の母親が現実的に希薄だったりするもの。母親がいなかったり、いても機能を果たしていなかったり・・・
それこそ、以前にプッチーニのオペラ「蝶々夫人」を取り上げましたが、あのオペラの蝶々さんも、典型的に純粋な人。そしてその蝶々さんも、母親が機能不全の家庭の出身。
だから、ピンカートンという「夢」にすがらざるを得ない。現実とのかかわりが不器用であるわけ。

このように考察を進めると、ボードレールの言う「女は自然である。だから汚い。」という言葉も、実に味わいを持ってくるでしょ?
世の中には「汚い」美徳というものが存在するわけ。
まあ、逆説的な物言いになってしまいますが、もっと別の言い方をすると、「不純の美徳」。
いや、これでも十分、逆説的ですね。

しかし、きれいさ、あるいは、純粋さだけが美徳ではないわけです。そして、純粋さというものは、後で「学ぶ」ことができます。しかし、不純さの美徳なり、「なあなあ」の加減は、「学ぶ」ことなんてできないでしょ?それこそ、そんなものは「なあなあ」の雰囲気で「自然」に習得するものでしょ?

そのためには、「自然であり、汚い」そして「なあなあ」の加減がわかっている母性が必要なんですね。

そんな母性が機能不全の家庭だと、「自然」な「なあなあ」が身につかず、原理原則だけが頼りになってしまう。

原理原則だけが、頼りなんだから、どうしても人と衝突し、傷つき、人から「あの人は生き方が不器用だ。」と言われ、「あの人は純粋な人だ!」と評価されることになる。

ボードレールもそんな純粋な人と言えます。だから幸福な人とは言えない。彼の言葉だって、何も女性を罵倒する意味ではなく、そんな自分自身に母性からの影響がないことを自覚した言葉なんでしょう。

あるいは、「人間は考える葦である。」のパルカルの典型的にこのパターン。彼はヤンセニスト(まあ、原理主義的な傾向を持つキリスト教の一派)の熱心な一員であり、そして人とたびたび衝突していました。晩年はうつ病のようです。とてもじゃないけど、幸福な人とは言えない。パスカルの母親は彼が幼い頃に亡くなっています。彼も「不純さ」の美徳とは無縁な人。だからどうしても突き詰めて考えてしまう。なあなあのままではいられないわけ。

もちろん、哲学者や詩人などの天才だったらそれもいいでしょう。しかし、一般人は、いや一般人こそはそんな純粋さとは別の不純の美徳を持っていないと困るものでしょ?
しかし、母性の機能不全のダメダメ家庭は、そんな純粋な人を生み出してしまう。
逆に言うと、いわゆる純粋な人を見たら、その人の母親について考えてみる・・・そうすると、色々なことがわかっているわけです。まあ、その手の人は往々にしてマザコン傾向があったりするものでしょ?

そんな純粋な人を助ける場合にせよ、もっと根源的なところから考えていかないと、本当のサポートにはならないわけ。「不器用な人だから助けてあげよう!」なんて中途半端に関わったりすると、「母親認定」されて、入れ込まれる・・・そんな事態だってありうるわけ。


(終了)
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発信後記

北朝鮮はあいかわらずで・・・どうせ、またそのうちにまた何かやるでしょうし・・・
チョット面白かったのは、フランスで競馬があって、日本の馬が参加して、日本の応援団が騒いで顰蹙をかったとの報道がありました。

私は競馬なんて全然知らないので、そのフランスの競馬がどんなものかは知りません。と言ってもヨーロッパだと、貴族の社交としての競馬などがあったりしますからね。
以前ちょっと言及した有名な映画「マイ・フェア・レイディ」において、正確な英語をやっと話せるようになったイライザが、アスコット(例のネクタイ?の由来になった場所)競馬場で大騒ぎをして、顰蹙を買ってしまうシーンがありましたが、今回もそんな調子だったんでしょうね。まあ、国辱モノですよ。まさに馬脚をあらわしてしまったわけ。

まあ、ヨーロッパに行くときはちゃんとした服も用意しておく必要があるって、基本中の基本。逆に言うと、それなりの格好をしていると、相応の対応をしてもらえる・・・『着は心?』ってこともあるわけ。
周囲を見れば、「これはちょっとマズイぞ!」と思うはずですが、そんな何となく雰囲気を読んだりする能力も、ダメダメ家庭では身につきませんよね?