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ダメダメ家庭は立派な言葉が好き
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カテゴリー ダメダメ家庭は立派な言葉が好き
配信日 07年7月6日
タイトル 彼らにも事情があって

ダメダメ家庭の人間は弁解がましい。
そもそも自分自身でどうしてもやりたいことがあるわけでもないので、どうしても減点法の考え方になってしまう。
「あのことをやったら、こんなデメリットがある。」とか、
「あのようにしたら、この人たちが困る。」とか・・・

もちろん、他者への配慮は必要ですが、まずは、自分自身がどうしたいのか?そのことの自覚が最初でしょ?他者の問題だって、その周囲の人の希望をちゃんと聞いて対応すればいいだけ。会話によって調整すればいいだけでしょ?その周囲の人が希望を言わないのだったら、周囲だって配慮のしようもないじゃないの?

しかし、ダメダメ家庭の人間は、ある種「いい人願望」があるもの。親から「いい子でいなさい!」なんて言われ続けたことがトラウマになってしまって、「いい子でいなきゃ!」と切羽詰っている。だから、様々なシチュエーションで「ボクっていい子だよ!」なんて、アピールするような行動をしたがるわけ。

いい子って・・・周囲の人の事を考え、悪いことはせず・・・なんでしょうが、それって、典型的な減点法でしょ?
しかし、常に減点法の精神なんだから、その減点への反応は鋭いものがある。自分に減点が及びそうになったら迅速に対応。現実的には、そのように自分に減点が及ぶ前に、もっと先のところで『戦線』を作っておくわけです。

このことについては、以前にこのメールマガジンで「他人弁護」というお題で配信しております。それなりにアタマが働くダメダメ人間は、自分と似た境遇にある人間に対して、それこそ「アナタは悪くないわ!」とか、「悪いのは○○の方よ!」なんて、弁護するようになるわけ。
いわば三段論法なんですね。
「アナタは悪くないわ。」→「ワタシはアナタとよく似た境遇です。」→「だから、ワタシも悪くない。」
これだったら、直接的な自己弁護ではないので、かっこうがいい。
しかし・・・かっこうがよくてもダメダメでしょ?

そんな面倒なことをするより、「自分はこのように考えているから、このようなことをしたい。ワタシに要望があるのなら言ってね!」って、はっきり言えばいいのに、当事者意識がないダメダメ人間にとっては、そのことが一番難しいこと。

結局、他人弁護に明け暮れることになってしまう。

誰かを弁護することによって、自己弁護をしているわけ。
そんな人間がよく言う言葉が、
「彼らにも事情があって・・・」

それこそ、
「あの人たちは、どうして全然努力もせずに、グチばかり言っているの?ワタシあんな人たち大嫌いっ!」
そんな言葉には、
『いやいや・・・あの人たちにも事情があって・・・』
そんな感じのやり取りをやった方も多いでしょう。

その他の具体例だと、
「韓国人って、日本に文句ばかり言っているけど、彼ら自身はいったいどうしたいの?バッカじゃないの?」なんて言葉に対し、
『彼らと日本との間には、過去色々と事情があって・・・』
こんなやり取りも、それこそポピュラーでしょ?

あるいは、あの少年はどうしてあんなに悪いことばかりやっているの?
そんな言葉には、
『彼らの環境にも、色々と事情があるんだよ!』
まあ、そんな同情ともつかない弁解の言葉もポピュラーでしょ?

往々にして、「彼らにも事情があって・・」などと他人弁護するような人は、その事情とやらの具体例を言わないもの。ただ、「色々と事情があって・・・」というだけ。だって、そんな他人弁護をするような人間は、「じゃあ問題を解決し、事態を改善するためにはどうすればいいのか?」そんなことは考えていないわけ。ただ、他人弁護をすることで自己弁護をしているだけなんですね。その具体的な事情を取り上げ、改善策を具体的に考えることはしない。
実際に、そんなものでしょ?

人間は誰だって事情くらいありますよ。

事態を改善しようとしてアクションを起こして、結果的に上手くいかなかった事情はしょうがない。
しかし、アクションもせず、そもそも「自分はどうしたいのか?」そのことを考えない事情って何?
それは事情とは言えないでしょ?
「自分がどうしたいのか?」明確に自覚していれば、その実現のために、「事情が簡単なところ」から手をつければいいだけでしょ?

それこそ、このメールマガジンだって、書籍にするためには事情もありますが、文章をまとめ多くの人に読んでもらうという目標だったら、無料メールマガジンでOK!でしょ?
目標が明確だったら、方法論も色々とあるわけ。

事情、事情なんて連呼するような人間は、そもそもの目標がないわけ。まあ、そんな人の存在するスローガンは「ふ・つ・う」。

本人たちが、そんな自己弁護を繰り返し、どんどんとダメダメになっていくのは勝手ですが、自己弁護をしないで済むように他人弁護をするような人間は、その弁護先の他人のダメダメを進行させてしまうんですね。

「いやぁ・・・彼らにも事情があって・・・」
その言葉は、それで、いいのですが、じゃあ、その彼らの事情をどうするの?そのまま放っておくの?

たとえば、決して豊かではない家庭でありながら、子供をどんどんと作っている家庭があったりするものでしょ?あるいは後進国なんて、国全体がそんな感じでしょ?そんな人たちだって事情があるでしょう。しかし、そんな家庭で生まれて育たなくてはならない子供はどうなるの?そんな子供の事情はどうなるの?子供のことはどうでもいいの?

そんなに彼らの事情に同情したり共感するのなら、親はともかく、子供くらいは引き取って自分で育てればいいじゃないの?
「アンタがそんな境遇にある子供を引き取ればいいじゃないの?それが子供のためだし、親も喜ぶでしょ?」そんなことを言ったりすると、どう回答するでしょうか?
まさに、この言葉。
「いや・・・オレにも事情があって・・・」


(終了)
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発信後記

この文章は、かなり以前に書きあがっておりました。

なぜ今回配信したかというと、テレビ番組でとある政治家が、少年法の改正問題で、まさに「彼らにも事情があって・・・」と発言した・・・らしい・・・ので、今回配信することにいたしました。

未成年者の犯罪に対し、厳罰で臨むだけが方法ではない・・・彼らにも事情があるんだ!

おっしゃることは、そのとおりなんですが・・・
重要なことは、その「事情」をどうやって、改善していくか?でしょ?
そもそも、ダメダメな親は、「自分の子供が一人前の市民になってほしいし、親としてそのように育てる義務がある。」なんて、そもそも考えない。
そのことが、まさに未成年者の犯罪における事情でしょ?

だったら、それこそ、未成年者の犯罪の際には、加害者の親が刑務所に行けばいいわけでしょ?
そもそも未成年者を刑務所に放り込んでも、ダメダメな親元に戻ったら、またワルくなりますよ。

子供のダメダメの原因である親をどう更正させるのか?
その視点がなければ、いつまでも「彼らにも事情があって・・・」と言い続けるだけ。それでは何も改善しませんよ。
「彼らにも事情がある」と思っているのなら、せめてその事情を本人が自覚するようにならないと、意味がないでしょ?せめて、その事情を当人に説明すればいいじゃないの?
それくらいは、お金とは関係なしに、できることでしょ?

ただ、「事情があって・・・」だけではねぇ・・・

しかし、このような「彼らにも事情があって・・・」という言葉が、単なる他人弁護であって、結局は自己弁護であることを理解すると、その政治家の発言なり対応も、わかりやすいもの。
結局は、「ボクが悪いんじゃないんだ!」と言いたいだけなんですね。