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カテゴリー ダメダメ家庭はいつも否定形
配信日 07年8月10日
タイトル 多重否定

ダメダメ家庭は否定形が多い。
「ない」とか「悪い」とか「ダメ」とか・・・そんな否定形ばかりなんですね。
その物言いが否定形というだけでなく、発想の根本が否定形。誰かを否定することしかしない。
肯定形で「自分はこうしたい!」なんて言わない。

それこそ、韓国などはそのスタイルですし、日本でもインターネットの掲示板を見てみると、この否定形の物言いばかりでしょ?

そのように、発想そのものが否定形なんだから、それが重なることもある。
二重否定です。
それこそ、ダメダメにお約束の「悪くはない。」なんて言葉は二重否定の典型ですよね?
「悪い」というのは、「よくはない」という意味なんだから、意味的には否定形。
だから「悪くはない」という言葉は、「よくはないのではない」という意味?になり、はっきり言って意味不明。
そんな言葉を堂々と言い放つ人間は、ダメダメ人間とみなして間違いはないでしょう。

マトモな人間なら、「悪くはない」なんて二重否定を使うのではなく「ワタシはこのように考え、このように行動した。」と言いますよ。逆に言うと、二重否定を使うのは、そのような端的に言えないからなんですね。

あるいは、これもこのメールマガジンで取り上げたこともありますが、「わが子を愛さない親はいない。」なんて言葉も、堂々たる二重否定表現でしょ?
「わが子を愛さない親はいない。」という言葉はいいとして、じゃあ、アンタ自身は自分の子供に愛情を持っているの?
本来は、その問題が重要でしょ?
その問題はどうなの?

もし、その人が、自分の子供に愛情を持っているのなら、それこそ「何も考えずにポコポコと子供を作っている親は、自分の子供に愛情を持っているか?」なんてことを考え議論する必要があるの?「コイツのせいで、うまくいかない!」と自分の子供をボコボコに虐待している親が、自分の子供に愛情を持っているのか?そんなことを考え議論する必要なんてあるの?

会ったこともない赤の他人が、自分の子供に愛情を持っているかどうか?なんて、本来は言えないものでしょ?どうして、そんな見知らぬ親の愛情を主張するの?
「ワタシはオマエが幸せになってほしい。何かワタシにしてほしいことがあったら、何でも言ってくれ!」と自分の子供に言えば、それでいいじゃないの?
なぜ、そのように端的に言わないの?それって、つまり、「ワタシはオマエが幸せになってほしいと思っている。」と、一番端的な言葉で「言えない」ということでしょ?
自分自身はどうなのか?そのようなことを考えることから逃避して、一般論に逃げ込むわけ。

そして、普段から否定形の発想なので、その物言いも否定形が組み合わさった形・・・つまり二重否定となるわけ。

あるいは、これも以前に取り上げておりますが、「信じられるのは血のつながった家族だけ。」そんな物言いも、二重否定表現でしょ?
だって「血がつながって『いない』人は、信じられ『ない』。」そんな意味でしょ?

それはそれでいいとして、じゃあ、血のつながっている家族を本当に信じているの?
「信じられるのは血のつながった家族だけ。」と語る人の子供は、往々にして自分の親のことを信じていないもの。だってコミュニケーション能力が低いから、そんな「信じられるのは血のつながった家族だけ。」なんて言うわけですし、そんなコミュニケーション能力が低い人なんて、「血のつながった」家族とも信頼関係はないものなんですね。

まあ、二重否定くらいなら、たまにやったりすることもあるでしょう。
意識的に、凝った表現として使うケースもあったりする。
しかし、ダメダメが進行すると、もっとグレードの高い否定形に発展したりするわけ。

このメールマガジンでたびたび触れております、現在の韓国の大統領であるノ・ムヒョンさんですが、ちょっと前に、面白い発言がありました。

それは、「どうでもいいようなことを問題視できない社会は絶対に発展しない。」と言う発言。

大統領としての資質を、周囲から非難されているノ・ムヒョンさんが、上記の言葉で反論したわけです。さて、その上記の言葉の意味ってスグにわかりますか?
自慢じゃあありませんが、この私は言葉の読解力は水準以上でしょう。この私でさえ、上記の言葉の意味がなかなかわからない。

「どうでもいいようなことを問題視できない社会は絶対に発展しない。」
というノ・ムヒョンさんの発言なんですが、
「どうでもいい」という言葉は、「重要ではない」という意味で、意味的に否定形ですよね?
「問題視」は、「不適切と考える」あるいは「適切とは考えない」となり、これも意味的に否定形。
「問題視できない」の「できない」は、英語で「cannot」なんだから、やっぱり否定形。
「発展しない」も、もちろんのこと否定形。

だから、ノ・ムヒョンさんの発言を分解すると、
「普段から重要とは思われていないような物事を、『それが正しいとは限らないのでは?』といつも考えたりすることがない社会では、発展しない。」となり・・・ますますわからない。
まあ、二重否定がダメダメであるならば、ノ・ムヒョンさんは四重否定ですからダメダメダメダメと言えますね?

ノ・ムヒョンさんの意図はよくはわかりませんが、たぶん、こんな意図なんじゃないの?
「ちょっとした小さな物事にも、疑問を持って、目を向けて考えていくようにしましょう。」

そのような物言いだったら、言われても、わかりやすいでしょ?

多重否定をするより、「このようなことをしましょう!」「ワタシはこうしたい!」そんなシンプルな肯定形の方がいいじゃないの?

しかし、それって、逆に言うと、自分の「伝えたい」ことが「自分でもわかっている」場合。
自分がどうしたいのか?何を言いたいのか?自分でもわかっていないダメダメ人間は、普段からやっている否定形の発想を、そのままどんどんと組み合わせて行って、何重ものの否定形となってしまうわけ。

そうして、お約束のグチ。
「どうして、みんなはボクのことをわかってくれないの?!」
そうなんですが・・・
本人自身は、自分の言っていることがわかっているの?
自分の言っていることが、自分でもわかっているような人間は、そもそも多重否定なんて使わないものなんですね。

えっ?オマエは、いったい何を言いたいのか?って?

「多重否定をするような人間にマトモな人間はいない。」・・・と言う表現と、
「できるだけ肯定形の物言いをしましょう。」・・・という表現のどっちがわかりやすいのか?
ちょっと考えてみてみましょうよ、ってことです。


(終了)
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発信後記

2重否定が、肯定につながらないという例を先日見ることができました。
なんでも、イスラムのゲリラの長がこんな発言をしたそうです。
「敵の敵は、自分にとっては、敵ではない。しかし、友人の友人は、自分にとっても友人である。」
なかなか含蓄がある言葉でしょ?

「敵の敵」は、とりあえずは、敵ではないというだけ。味方とは言えない。
それに対し「友人の友人」は、自分にとっても、友人であり味方といえる。
現実にそんなものですよね?
2重否定は肯定につながらないけど、2重肯定は、やっぱり肯定形。
人間関係だって、まさにそう。

しかし、ダメダメ人間というものは、「味方よりも、敵の方が必要となる。」このことは以前に配信しております。ダメダメ人間は、「自分にとって、敵は誰なのか?」そんなことから物事を考えていくわけ。そもそも否定形なんですね。
だから2重否定はあっても、肯定形が出てこない。
だからこそ、何も達成せずに、否定形が重なるばかり。
実際に、そんな人って多いでしょ?
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