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カテゴリー ダメダメ家庭はいつも否定形
配信日 08年4月28日
タイトル 反の字

ダメダメ家庭の人間が「大」の字を使いたがる。
このことは以前に配信しております。自分の「小ささ」にコンプレックスを持っている人間は、そのことを直視せず、代わりに「オレは本当は大きいんだ!」と無理に主張し、不必要に「大」の字を使ったりするんですね。

また、ダメダメ家庭の人間は「勝」の字を使いたがることについても、以前に配信しております。自分から逃避して、なんでもかんでも「勝ち負け」の問題にしてしまって、自分自身より相手を見ようとするわけ。そうして「相手に勝つ」という名目で、自分自身から逃避してしまう。だから、そんな人の言葉には、実に多くの「勝」の字があったりするもの。

ダメダメ家庭の人間は、自分自身より相手を見ることによって、自分自身から逃避する。そして、ダメダメ家庭の人間は、被害者意識が強い。それらが合わさると、ダメダメ家庭の人間の対抗心になってきます。
ダメダメ家庭の人間は「ワタシは、○○に対抗するんだ!」という形でしか、自分自身を表現できないわけ。

「○○に対抗する!」は、「○○に反対する!」ということと同じ。
ということで、対抗心の強いダメダメ人間は「反対する」の「反」の字が頻繁に登場したりするんですね。

それこそ「反○○主義」とか「反○○運動」とか・・・カルトに近い集団では、おなじみの用語でしょ?そんな「反○○」なんて言うより、自分が達成したいことそれ自身を掲げればいいじゃないの?

しかし、「反○○」ということによって、自分の問題ではなく、その「○○」の問題にしてしまえるわけ。おまけに、被害者意識と共鳴することによって、こう言える。
「ああ!ワタシたちは、○○による被害者だ!ああ!ワタシたちって、なんてかわいそうなの?!」
まあ、いつもの展開というヤツ。

一般論だけだとわかりにくいので、具体例を取り上げましょう。

よく政治の世界で、「地方分権」なんて言われたりしますよね?
「地方の問題は、地方それ自身の責任と権限でもって対処していこう!」
「中央政府が、地方のやることに、いちいち口を出さなくてもいいじゃないか!」
その考えはごもっとも。
しかし、「地方分権」という言葉ではなく、「反中央集権」なんて言葉になるケースもあるでしょ?
「地方分権」も「反中央集権」も、意味は同じじゃないか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、現実は違っているでしょ?

「地方分権」というと、当然のこととして、このように聞かれる。
「権限を持ったら、アンタたちは、具体的に何をしたいの?」
その問いに対して、的確に回答すればいいだけ。逆に言うと、その質問に対して的確に回答できないと、「アンタの言う地方分権って、いったい何?」と聞かれてしまうでしょ?

しかし、「反中央集権」となると、そうではない。
「どうやって、中央政府から権限を奪い取るのか?」そんな話は出てきても、じゃあ、その後で何をするのか?そんな具体的な議論にはならないもの。ただ中央政府に文句を言っているだけ。

しかし、中央政府だって、そんな対抗心だけのクレーマー連中に権限を渡すわけには行かないでしょ?
そうなると、「反中央集権」を掲げた連中は、やっぱりグチ。
「ああ中央政府はなんてヒドイんだ!ワタシたち地方は中央政府による被害者だ!ワタシたちってなんてかわいそうなの?!」そして「我々の反中央集権運動を、もっと盛り上げよう!」
一見似ていても、「地方分権」と「反中央主権」では、その精神において大きな違いがあるもの。

そもそも、何かに反対するより、自分が実現したいものを掲げた方が、周囲にも、そして自分自身にもわかりやすいなんてことは、それこそ小学生でもわかること。しかし、自己から逃避しているダメダメ人間は、何かに反対することしか能がない。
しかし、何かに反対することばかりやっているから、逆に言うと、同類が寄ってきて、グチの共鳴を楽しむことができるわけ。いったん、そんな幸福体験を得ると、それに味をしめて同じようなことを繰り返すようになってしまう。

「反」の字が、事態の改善につながらないことの別の例として、このメールマガジンで、以前に、「反面教師」という言葉を取り上げたことがあります
「ワタシはダメだった自分の親を反面教師にしている!」そんな感じで豪語する人もいたりするんですね。

しかし、そんな人に対して「アナタはアナタのご母堂と同じようにシングルマザーだし、アナタのご母堂と同じように、自分の子供しか相手になってくれないし、アナタのご母堂と同じようにグチばかり言っているし・・・具体的にどの点を反面教師にしているの?」なんて聞こうものなら、まさに熱い「反」論が返ってくる。
「どうしてそんなことを言うのよ!キーっ!!」
「ワタシは!ワタシは!親による被害者なのよ!!どうしてわかってくれないのっ?!」
まあ、その方のご母堂も、スグに逆上するような人なんでしょうね。

子は親の鏡。向きは違っていても、写っている姿は、同じもの。
まったく・・・見事な反面教師だこと!

しかし、反面教師という言葉を掲げることによって、「ワタシはダメだった自分の母親による被害者だ!」と主張できるでしょ?それに自分自身の現状を見つめる必要はなくなり、「反面教師」とする自分の母親のことを考えればいいだけなんだから、精神的にラクになるわけ。

反面教師なんて言い出すよりも、「ワタシの尊敬している人は△△さんです!」「日頃からその方のやり方を参考にしています!」と言えるようにした方が、事態を改善していきやすいことは、誰でもわかること。
しかし、何回も書きますが、事態を改善することにはつながらなくても、自分から逃避しているようなダメダメ人間の元には同類が寄ってくるもの。そうしてグチ愛好家集団で、それなりに「楽しむ」ことができる。

結局は、そのような「反○○」で盛り上がってしまう。
それこそ、「反○○運動によって、○○に大勝利だ!」なんて文言は、政治の世界でも、市民運動の世界でも、あるいは宗教の世界でも、結構あったりするでしょ?
そんなスローガンは、「反」の字と、「大」の字と、「勝」の字のダメダメ最強コンボと言えるわけです。ダメダメというより、3つが合わさっているんだから、ダメダメダメと言った方がいいのかな?

しかし、そんなダメダメダメなスローガンは、皆さんも実際にご覧になったことがあるでしょ?
「反○○運動によって、○○に大勝利!」なんて威勢のいい言葉ですが、現実に何かを達成する人は、「○○を実現するために、多くの試行錯誤の積み重ね」を地道にやっているだけ。とてもじゃないけど、大勝利なんて行きませんよ。
しかし、大勝利から遠いからこそ、最後に笑うことができるわけでしょ?

(終了)
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発信後記

例のオリンピック聖火が、日本に上陸して、嵐のように去っていきましたが・・・
ダメダメ家庭の人間は、「信頼」と「好意」の区別が付かないことは以前より触れております。
しかし、今回の中国人たちの示威行動は、「信頼」につながるわけもなく、「好意」にもつながるわけもない。まさに世界に向けて、中国への嫌悪感と不信感の火種を運んでいるようなもの。

長野県を、中国国旗で埋め尽くして、何をしたいのやら?
まあ、長野県を長野民族自治区にでもしたいのかな?いや!もう既になっちゃったのかな?

中国を「自転車に乗っている象」と喩える例があります。無理してでも進まないと、収拾がつかない。いったん止まったら大クラッシュ。しかし、自転車で進んでいるうちは、なんとかなっても、このままで済むわけでもないでしょう。

「自転車に乗っている象」ほどではないにせよ、ダメダメ家庭の人間は、常に「何かに対抗し続け」ざるをえないケースがあります。「アッチに対抗して」次には「別のものに対抗する」そんなことの繰り返し。そんな人は、立ち止まって自分自身を見つめると、カタストロフになってしまう。だから自分自身から逃げるように、敵を探しながら、進み続けることになる。
当人は、それでいいのでしょうが、周囲の人にしてみれば、たまったものではない・・・これは確実でしょ?
そういう意味では、あの中国人の行動は、ダメダメ家庭の人間について説明するには、非常に役に立つわけです。まあ、無理に「反面教師」にする必要はありませんが・・・
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