| カテゴリー | ダメダメ家庭の人間の行動 |
| 配信日 | 08年6月2日 |
| タイトル | 言われたら直す |
ダメダメ家庭の人間は、当事者意識がない。 自分で達成したいものがあるわけでもないし、何かをするにあたって、自分で考えて行動するわけでもない。 だから、危機意識も問題意識もない状態。 周囲の人に合わせて、「ふ・つ・う」に生きている。 自分で考えて行動しているわけでもないので、人から問題点を指摘されると、ある意味において『素直に』その指摘に従うことになる。 そんな『素直な』姿を見た周囲の人から「ああ!あの人は、指摘すると、ちゃんと対応してくれる!わかってくれる人だ!」なんて言われたりすることもある。 しかし、このメールマガジンで頻繁に書いていますが、物事には「似て非なる」ものがあります。 「話せば、直す」人と、 「話せば、判る」人は、別物ですよね? 当事者意識がないがゆえに、人から指摘されると、「ああ!そんなモノなんだなぁ・・・」と、いとも簡単にやめてしまう人は、その指摘の意味を判って修正したの? 違うでしょ? 何も考えていないから、何もわかっていないから、人から言われたとおりに修正した・・・そんなものでしょ? だから別の人から、指摘されると、また元通りになったりするもの。 何も考えない人は、自分なりの意図があって、その行動をしているわけではないので、行動においては柔軟とも言えるわけ。 よく内柔外剛とか、外剛内柔とは言われたりしますが、その手の人は、中も外も柔らかいというか、真空状態なんですね。 だから、その人の問題点が周囲の人に意識されることは少ないもの。そもそも人に合わせることが上手な人なので、ある意味、無難に生きていて、目に見えるトラブルは少ないわけ。 しかし、人に合わせていること、これすなわち、理解しているとは言えないので、結局はトラブルが起こったりする。まあ、そんな何も考えていない人が親になったら、子供にしてみればたまりませんよ。だから子供の側から先にトラブルが起こったりするものなんですね。 ということで、周囲の誰かに相談することになる。 かといって、自分では何も考えていないわけだから、現状認識も何もできていない。 相談しようとしている人に対して、現状を説明できない。ただ、グチグチと「困った!困った!」というばかり。 そんな人は、相談を持ちかけている相手から質問されると、それなりに回答することはできたりするものです。 「この件は・・・今はどうなの?」 『○○です。』 「じゃあ、あの人とはどうなっているの?」 『△△です。』 しかし、自分が受けた質問の意味を理解した上で回答しているわけではないので、当然のこととして補足説明などもない。実に単純な回答の言葉。「聞かれたから、答えてやったよ!」そんな雰囲気になってしまう。 これがメールの文章などでの相談だったら、携帯メールを使ったケースなどもあります。 このメールマガジンのバックナンバーを携帯電話でお読みになった方から、以前にお便りを頂戴したことがあります。 携帯電話で、このバックナンバーのサイトを読む根性には敬服しますし、そのこと自体に問題があるわけではありませんが、読む分にはよくても、人に相談する際には、トラブルの現状をできるだけ客観的に、詳細に記述する必要があるでしょ?そのような詳細な文章は、現実的には携帯メールでは不可能ですよ。 ということで、私の方からは、「中古でいいからパソコンを買ったら?そうでないと、文章を読むのもタイヘンだし、文章をまとめるのもタイヘンでしょ?」と申し上げたことがあります。 ということで、次からは、家にあるというパソコンからメールになったのですが、その相談の文章のスタイル自体は、携帯メールの文章のスタイル。 このメールマガジンでは、会話と「おしゃべり」とは違うと頻繁に書いていますが、携帯メールは「おしゃべり」どまりでしょ?トラブルの相談のための文章には携帯メールは不適ですよ。 それに短い相談の文章だと、情報の小出しに最適でしょ?「あの時には、書いていませんでしたが、実はこんな事情があって・・・」なんていかにも言いそうじゃないですか? まあ、実際に予想どおりのことが多いものなんですが・・・ 「携帯メールで申し訳ありません。」なんて謝罪の言葉をもらっても意味はないわけ。だって、トラブルの詳細を伝えることができなければ、トラブルが解決しないだけ。困るのは私ではなく、相談を持ちかけてきた方でしょ?どうして携帯メールがダメなのか?わかった上で修正しないと意味はないし、その意味がわかっているのなら、逆に言うと、とりあえず携帯メールでもいいわけ。 指摘すると、「その面」では修正される。 それって、その人が、何も考えずに、人に合わせているだけのケースが多いわけ。 コーヒーの自動販売機で、ミルク増量のボタンを押したら、ミルクが増量された・・・となっても、それは販売機が理解して、そのように対応しているわけではないでしょ?ただ、事前にプログラミングされているだけ。だから、また同じケースでも、同じようにミルク増量のボタンを押す必要がある。 しかし、理解していてやっているのなら、たとえば、「ああ!あの人は多目のミルクが好きな人だな。」と理解できて、次の機会では、ミルク増量のボタンを押さなくても対応してくれる・・・ことになるでしょ?まあ、機械でも人工知能だったら、そういうことができますよね? ところが、自分では何も考えないダメダメ人間は、機械による人工知能以下なんですね。 一応、要求には応えてくれるので、その場は、なんとなく収まっていくものですが、逆に言うと、トラブルの要因がどんどんと蓄積されて、やがてはドッカーンと行ってしまうものなんですよ。 (終了) *************************************************** 発信後記 例の大阪の高級料亭ですが、結局は、会社が清算となって、従業員は全員解雇となるようですね。「紙一枚で、解雇なんてヒドすぎる!」 とか・・・ニュースでやっていました。 労働者の権利の問題は別にして、サスガに紙一枚で解雇はマズイでしょう。 グループとしての吉兆の統治能力の欠如には、驚きですよ。 そもそも、そんな感じで解雇してしまうと、その解雇された従業員が、料亭でのことをベラベラしゃべってしまうでしょ? そもそも料亭を利用した顧客には色々な「スジ」があるもの。誰と誰が会食した・・・なんてことが大っぴらになったら、マズイものですよ。 それに、あの料亭を利用したというだけで格好が悪い。 それこそ週刊誌で、「残飯に舌鼓を打って喜んでいたグルメたち!」なんてタイトルで、実名が登場したらどうなるの? あの店を接待に利用したことがバレたら、一般の株式会社だったら、株主総会で突き上げられますよ。そうなったら、吉兆グループ全体の問題になってしまいますよ。 退職金というものは、「ご苦労様!」という趣旨のお金であると同時に、一種の「手切れ金」でもあるわけでしょ?手切れ金をケチると、後々面倒になるよ。 そんなシーンを料亭で実際に見てきたんじゃないの? あの女将には、もはや判断能力がないわけですから、ここはグループが介入して対処しないと、タイヘンなことになっちゃいますよ。 まあ、グループとしてそんな判断能力があったのなら、最初の時点で介入していたのかもしれませんが・・・ いったんドッカーンとなってしまったら、それを沈静化させるためには、多大な努力が必要になるもの。早いうちなら、まだ少ない努力で済むわけですが、まあ、ダメダメというものは、事態を放置して、結局は、更なるドッカーンに至る・・・そして、「どうしてワタシたちだけがこんなことに?!」「ワタシたちってなんてかわいそうなの?!」と嘆く・・・それがお約束なんですね。 あの高級料亭のグループも、そのお約束街道を突っ走っていらっしゃる。 ダメダメのフルコースを提供してくれるなんて・・・さすが大阪の高級料亭ですよ。 |
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