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カテゴリー ダメダメ家庭が持っている発想
配信日 08年8月15日
タイトル 隷属への意思
19世紀ドイツの哲学者のニーツェは「権力への意思」なんてことを言いましたよね?まあ、その言葉を、ナチスが曲解して、自分たちの考え方に取り込みましたが・・・
ニーツェは、ナチスによる政策の下準備をしたわけではありませんよ。そんなことは、ニーツェの本を読んだことがある人だったら、スグにわかること。

そこそこ教養がある購読者さんは、このメールマガジンで言っていることは、意外にもニーツェに近い・・・と言うことに気がついている人もいるでしょう。
あるいは、くだけた会話調を使って「自分がわかっていないこと、それ自体を自覚しましょう!」と言ったスタイルは、それこそソクラテスのスタイルだし・・・
このメールマガジンの文章は、実は、あきれるほど、伝統的なんですよ。
もちろん、「伝統的な知の系譜」ではなく、「知の伝統の系譜」という意味で、伝統的なんですが・・・

さて、「権力への意思」なんて言葉だと、「自分が権力を持って、誰かを支配しよう!」なんて捉えられてしまいやすい。まさにナチスの連中が誤解したように。
しかし、「権力」という言葉でなく「尊厳」という言葉で捉えた方が、ニーツェの発想が理解しやすいんですね。あるいは、「高貴さ」と言ってもいいでしょう。

「自分自身の尊厳は、自分自身で作っていくしかない。」
「そのために、自分で努力しましょうよ!」

ニーツェが言いたいことは、要はそう言うこと。
実に当たり前のことでしょ?

しかし、ダメダメ家庭の人間は、被害者意識が強い。どんなトラブルも自分が被った被害と捉えるばかり。
おまけにダメダメ家庭の人間は、当事者意識がない。自分自身でやり遂げたいものがないわけ。やり遂げたいものがないので、当然のこととして、何も達成できない。何も達成していない人が、尊厳なんてありようがないでしょ?

と言うことで、そんなダメダメ人間は、個人としての自己から逃避して、カテゴリー分類にこだわり、そのカテゴリーの価値に逃げ込むようになるわけ。
それこそ民族的な価値とか・・・
ワタシはドイツ人だ!→ドイツ人は偉大だ!→だからワタシは偉大だ!
と、理屈の上では、なる。
そんな手法で安直に高貴さを獲得するスタイルを提供したのが、ナチス。

ニーツェは、「アンタら・・・それじゃあ、アカンよ!」って言っているんですよ。
「一人の人間としての自分の価値を、自分自身で作っていこうじゃないか!」
「自分自身に厳しい運命があったとしても、その自分の厳しい運命は自分が望んだことである!」
「厳しい運命は自分を鍛えてくれる!」
「それくらいに当事者意識をもって、自分の運命を愛し、戦っていこう!」
ニーツェが言っているのは、そんなことなんですね。

しかし、ナチスの連中が、そんな「当たり前」のことがわからないように、ナチス以外の人でも、やっぱり誤解する人も、多い。
まあ、うまく行っている人は、無理に色々と考えなくてもいいわけですが、うまく行っていない人は、本来は改善のために考える必要があるでしょ?しかし、現実では、うまく行っていない人ほど、考えていないし、考えようとしない。
そして、考えることといえば、「どうすれば考えないで済むのか?」そんなことくらい。
ダメダメ人間が、「考えないために、考える」ことについては、以前に配信しております。

考えることから逃避するダメダメ人間が、往々にして見せるのが、「隷属への意思」と言えるもの。
自分から進んで何かに隷属しようとするわけ。
そして、隷属することによって、命令を聞くだけで済むようになり、自分は何も考える必要がなくなる。

これも以前に書きましたが、誰かを自分の規範と認定して、その規範認定した人物に盲目的に従おうとしたり、あるいは、ボスを設定して、自分から率先してボスのパシリになろうとするわけ。
上意下達の世界に逃げ込むわけ。
あるいは、具体的な存在のパシリになるだけでなく、特定の主義主張のパシリになって、盲目的にその考えを主張するわけ。思考における権威主義に安住するわけです。

ダメダメ人間は、当事者意識がなく会話の能力もないので、「人は人、自分は自分」といったネコ型ではなく、厳しい序列が支配するイヌ型の組織に安住したがるものです。
そして、自分が属している組織なりカテゴリーについてだけを語るようになる。

カテゴリーに基づいて「オレたちは、立派だ!」と主張するわけ。しかし、「オレたち」はいいとして、「じゃあ、アンタ個人の尊厳はどうなっているの?」
と聞かれてもやっぱり答えられない。
それこそ「我々○○民族は偉大だ!」と連呼するばかり。
このようなことは、ナチスだけでなく、韓国人もまったく同じでしょ?

そんなことをしていても個人としての尊厳に到達しないのは当然のことですが、逆に言うと、自分で考えることから逃避できるので、精神的にはラク。だから結局は、そんな方向に堕してしまう。

そうやって、パシリの状態に安住してしまう。
しかし、パシリに尊厳なんてないでしょ?その人の高貴さはどうなるの?
そんなパシリに安住する精神では、当人の高貴さがなくなるだけでなく、高貴な存在を理解することもできなくなるでしょ?

そのように「高貴な存在を理解できなくなってしまった状態」を、ニーツェは「神は死んだ!」と言ったわけ。人々がパシリだらけになって、神のような崇高な存在を認識できなくなった。人間の精神的な堕落によって、神が存在する土壌が破壊された・・・そんなことなんですね。「神は死んだ!」という言葉は、神様が道で転んでしまって、死んだ・・・とかの話ではなくて、高貴な存在を受け入れる、人間側の精神が衰退したことを言っているわけ。

まあ、パシリに安住しているのなら、逆に言えば、人畜無害。
しかし、人間は、自分が一番下だと、やっぱりイヤ。だったら、自分で努力して序列を上げればいいわけですし、そもそもそんな序列が支配している世界なんて離れた方がいいのは誰だってわかること。

しかし、当人がカテゴリーの一員に精神的に依存している状態であることは変わらないんだから、結局は、そのカテゴリーから抜け出せない。
ということで、そんな人がやるのが、自分に隷属するものを見つけようとするわけ。自分より下の序列の存在を探すんですね。

「オマエたちは、オレたちより下なんだぞ!」
と、序列を強引に主張するわけ。
ナチスが「下」認定したのは何なのか?
あるいは、韓国人が「下」認定している誰なのか?

まあ、誰だってわかることでしょ?
隷属したがる人は、自分に隷属するものを求めることにもなる。
結局、「隷属」という「関係性」に依存しているわけ。

あるいは、家庭内でそれをやることがありますよね?
周囲の人たちに隷属してパシリ状態の人が、家庭内では居丈高になって、子供に威張り散らす。

そんな人たちが言う言葉は、ナチスも韓国人も児童虐待の親も、いつも一緒。
「オマエのために、こんな被害を!」

かと言って、そんな人たちは、自分で努力をするわけでもない。
そもそも隷属状態を、自分で求めている人たちなんですからね。
隷属することによる安心感。それを捨てさって、自分自身の尊厳を勝ち取るために戦おう!
ニーツェが言いたかったことは、そんなことですし、私の文章も、そんなことを書いているんですよ。
それくらいなら、誰だってできることでしょ?

(終了)
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発信後記

今回の文章はチョット難しいかもしれません。
メールマガジンの世界にあるまじき、中身ですからね。
まあ、「それなりに」読んでいただいて、アタマの片隅にでも置いていただければ結構です。

そのうちに、とある著作を集中的に取り上げる予定にしておりますが、今回配信の文章は、その前哨戦のような位置づけです。

中身的には難しいところもありますが、基本的には、「自分自身について、自分自身の言葉で語れるようにしましょうよ!」と申し上げているだけです。
その積み重ねが、その人の尊厳につながっていくのでは?

偉大な思想家って、実は当たり前のことしか言っていないもの。
逆に言うと、その「当たり前」のことに気がつくことができることが、その偉大さの所以というものなんですよ。

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